『お前の母は天狗に殺されたんだ。』

 

 

 

 

 

そう知らされた頃から、私は見も知らぬ「天狗」を憎んでいた。

 

天狗などという物の怪がいるから、何の罪もない母が殺されてしまった。

 

 

 

 

 

だから、もしも天狗と会ったならば、必ず…刺し違えてでも息を絶とうと、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あやかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

、もう今日は店じまいにしよう。これ以上店を開けても客は来なかろう。」

「そうですね。この雨ですから、霧も出ちゃうかしら。」

「かもなあ。けぶるくらいであれば風情がある、くらいで済むがなぁ…。」

「でも、仕込みが大変になりますよね。」

「そうだな。風情で飯は食えんよ。」

 

 

 

菓子庵、四季折。

 

母が亡くなって以来、この菓子屋で住み込みで働いている。

 

縁も何もなかったのに、ここのご主人は母が贔屓にしていたというだけで私を雇ってくれた。

 

 

 

薄い付き合いだった親戚の家に居づらかった私に、住むところも働く所も与えてくれたご主人には、

 

感謝してもしきれないくらいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに、風情じゃ食べられないわよね…。」

 

すりガラスの向こうに雨を見ると、本当に霧がけぶっているように見えて美しい。

でも、現実的な事を言うと、ご主人は菓子の生地の配合が大きく変わってしまうから大変らしい。

 

「…でも私は…嫌いじゃないのよね、雨も。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨は全てを洗い流してくれるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日から出ない涙を、私の代わりに流してくれているようだから。

 

 

 

 

風がない分、しとしとと地面へ吸い込まれていく雨。

 

その雨音を聞きたくて、そっと窓を開ける。

 

 

窓の外に広がるのは青々とした森。鞍馬山に続くこの森は、

山の神の怒りをかわない為に、女は入ってはいけないことになっていた。

 

今はだいぶその規制も緩んではいるけれど、やはりしかるべき儀を行わず入る人は少ない。

 

 

「あら…。」

そんな森だから、当然人気はないのが普通なのに、今日は違った。

木立の中、雨宿りをする人影があったのだ。

 

「ちょっとー、そこの人、大丈夫ですか〜?」

 

行儀は悪いけど、部屋の窓から呼びかけてみる。

でも、雨のお陰でかき消されるのか、私の声は相手に届いていないみたいだった。

 

 

(…もしかして、どこかから流れてきた浪人かしら。でも…刀を持っている風じゃないし…。)

 

 

色々思案はしてみるものの、どうしても気になった私は履物をつっかけ、傘を差して表へ出た。

 

 

「…え?あれ?」

 

 

仮の清めと入山の参拝を行い森へ行くと、さっきの人影はいなくなっていた。

 

そんなに長い時間目を離していたわけではないのに、もう姿が見えないなんて。

 

 

もしかして森の中を迷っている…普通はないだろうけど、少し心配になった。

 

 

ほんの少しだけ…そう思って森の中を進んだ。

でも、不慣れな森の中を、よりにもよって雨の日に来たのがいけなかった。

 

うっかり、自分の方が迷ってしまったのだ。

 

 

「えーっと…あれ?この木、さっきも見たような…。いや、違うものかしら?」

「そちらは違う。」

「きゃあ!」

 

低く、押し殺したような声が背後から聞こえて思わず飛びずさる。

 

そこにはあの窓辺から見た人影が立っていた。

 

「ち、違うって…。」

「そちらは魑魅魍魎、妖たちの棲み家だ。町に帰りたいのならばこちらだ。」

 

 

頭からすっぽりと布をかぶり、スタスタと慣れた様子で森の中を歩いて行く。

どうやら道案内をしてくれているようだ。

 

ぶっきらぼうな口調で、特に何を聞くわけでもなく歩いて行くけれど、

私の様子を気にしているのか、時折歩く速度が落ちる。

 

不思議な雰囲気のする人。

 

「貴方はどうしてここに?」

「…ならば、其方はどうしてここにいる。」

「え?私は…森に貴方の姿が見えて…迷っていたら困ると思って。」

「私はこの森で迷うことはない。…ここが棲み家だからな。」

 

 

ここが、住み家。

 

そう聞いて、私は暫く理解することができなかった。

 

この森は神聖な森。人が住むことなどあり得ない。

 

そう、『人』は誰一人として住んでいない森なのだから。

 

 

「貴方は…誰なの?」

「其方の問いの真意は違うだろう。『お前は、何だ』という事だろう?」

 

 

けぶる景色の中に、民家の明かりがうすぼやけて見える。

 

 

「…そうね。でも、悪者じゃない。」

 

 

顔もよく見えないし、ほんの数分一緒にいただけだけれど、分かる。

 

親戚に疎まれて、他人の世話になり…人一倍人の顔色を読むことに長けた。

そして、その人の性格も、すぐに理解することも得意になった。

私が見たこの人は、少なくとも馬鹿な私を放ってはおけない良い人だ。

 

 

「人に物を訊く時は自分からよね…私の名は 。菓子屋で世話になってるわ。」

 

「…私の名はリズヴァーン。」

 

 

そう言うと、そっと頭に掛けた布を捲った。

 

瞬時に目に入る、鮮やかな黄金色。風に遊ぶようなその色は肩にまで達している。

そして、この雨の中でもはっきりと美しい、空色の瞳。

 

 

鮮烈な印象と、驚きと……

 

 

 

 

 

 

そして、脳裏に横切る言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『天狗は異形の者だ。髪の色も瞳の色も我々とは違う。

 空を飛び、風を起こし、奇術を使い人を惑わす、化け物だ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…私を人は鬼とも…天狗とも呼ぶ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

はい。何故か風呂に入ってて思いついたリズ先生ドリ。

多分かなり王道ですね(笑)

今回は前後編になる模様です。…てゆうか、前後編で何とか抑えたい…。

が、頑張りまっす。

 

    2009・3・28  月堂 亜泉 捧

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