きっかけは、ほんの些細な事だが、

それは湯気の様に漂い、

香りの様に俺の中へ自然に入って来た、

すごく自然なものだった。

 

 

 

 

茶の香りにのせて

 

 

 

「もう三時か…もうそろそろ…。」

 

最近、この時間になると必ず来る者がいる。

そして今日も例に漏れず、

 

「お茶の時間ですよー。休憩しよ。ほらほら、そんな難しい顔してないでさ。」

 

アップルが旅の途中で出会ったという娘、だ。家はまあまあ裕福で、兵法も

勉強しており、軍師の役職だという。

が、本人はデスクワークより体を動かす方が好きらしい。

 

「俺はこれを今日中に仕上げなくちゃならないんだ。茶は後だ。」

 

俺がそう言うとはちらりと横目で見て、

「へー、鬼才と呼ばれた天才軍師様はこーんな書類に手間取られてしまわれるんだー?

 茶も飲めないほど?私はこんなのかるぅーくクリア出来るけどなー。」

 

確かに重要ではあるが、さほど難しいものではない。

 

「わかった。お前は俺に茶を飲ますまでずっと騒ぎ立てるつもりだろうが。」

 

は、いたずらがばれた時のように笑って、

 

「ぴんぽーん。」

 

と答え、いそいそと茶を出す。

ふわん、と茶の芳香が広がる。熱めのそれを吹き冷まして飲む。香ばしい中に甘みが

感じられる、少々変わった味だ。

ふと、がこちらをじっと見ている事に気が付いた。

 

「…何だ?」

「美味しい?」

きらきらと目を輝かせる。何となく視線を外し、

「…変わった味だな。」

「でしょ?実はそれ、無名諸国のお茶なんだよ。風味が強くて、飲んだ味と

 言うよりも、香りを楽しむんだって。」

 

彼女は毎日、色々な茶を出す。

ハルモニアや群島諸国、トラン共和国やグラスランドまで、そのレパートリーは広い。

 

「ね、シュウ。美味しい?」

 

彼女は必ず俺にそう尋ねる。

「悪くはない。」

「私は美味しいか美味しくないか聞いてるのーっ。」

「…美味い。」

「ホント!?あはっ、やったあ☆」

満面の笑みを浮かべて喜ぶ。その笑顔は、こちらまで顔が綻んでしまうくらい

魅力があった。

 

「ふん、ふーん。ふふんふーん。」

…。」

「ん?何?」

「その鼻歌はよせ…集中できん。」

「この方が早く処理出来るんだもーん。」

「何の歌だか知らんが…。」

「あ、私も。」

「は?」

「だから、私も知らないの。何の歌だか。」

「…。」

 

時々、こうして会話がかみ合わない。

そもそも、と俺は相容れない部分が多々あるような気がする。

彼女は軍師という職に就きながらも、戦では常に前線に出る。

彼女は、

 

「後ろでえばりくさって、全てをわかったように指示を出すより、一緒に戦った方が

 状況がよく分かるし、皆も信頼してくれるわ。」

 

俺とは根本的に違う考え。

最初の頃は苛立ちさえ覚えた。

 

 

だが、彼女の指示は大胆でありながら的確で、緻密なものだった。

 

それは、亡きマッシュ師範に通ずる所があるかもしれない。

 

「…。」

 

書類と格闘していたが顔を上げる。

彼女は十六歳だが、幼さが残る顔立ち。

 

 

 

上目遣いなの表情になぜか、動揺する。

 

 

「うん?どうしたの?珍しいね、仕事中にシュウから話しかけるなんて。」

「……。」

「ああっ、ごめん!何?話して?」

は、何故軍師になった?あの前線での動き。武官になっても男にひけを

 取らないぞ。」

 

聞くつもりはなかったのに、口をついて出た疑問。

は、少し表情を曇らせた。

 

「うん…そうだね……。

 いいや。シュウになら言っちゃおう。…実はね、私にはお兄ちゃんがいるの。

 お兄ちゃんは頭がよくって、冷静で。でも、すごく優しくて。私の自慢のお兄ちゃん

 だったの。で、将来は軍師になるんだって、兵術を学んだりしてたわ。

 私は、女武官志望だったから、毎日剣を振るってた。

 …でもね…。」

 

 

が…!!が…!!』

『お母さん!?お兄ちゃんが、どうかしたの!?』

が…。自殺したんだよ…。』

『…嘘……!!!!嘘よ!!!!お兄ちゃんが…自殺なんて……!!!!!!』

 

 

 

「遺書には、理由とかは全然書かれてなくて…ただ私やお父さんお母さんへの

 感謝の言葉と…この羽ペンが添えられていたの。」

 

机の引出しから、大事そうに取り出された羽ペン。

はそれをじっと眺めて、

 

「何となく、分かってはいたの。お兄ちゃんがプレッシャーに押しつぶされそうに

 なってたこと。…だけど私は、何もしてあげられなかった。だから私は、

 武官にはならずに、必死に兵法を勉強して、軍師になって…。

 お兄ちゃんの代わりに……なってあげようって………。」

 

の瞳から涙が零れる。

 

「……。」

「あはは…ごめん、…大丈夫だよ。」

 

 

無理に笑顔を作って見せる姿が痛々しくて…でも、

 

 

 

 

どこか…愛しくて。

 

 

 

 

俺は無意識のうちに、を抱きしめていた。

 

先程淹れたお茶の匂いが、ふわんと漂う。

 

「泣かせるつもりじゃ…なかった。」

「いいよ。シュウは悪くないし、私は、シュウになら話そうと思ってたんだ。」

 

瞬間、

 

 

 

 

今まで感じた事のない感情が胸を満たした。

 

 

 

 

 

わからない。

 

『これ』が、何なのか。

 

 

「シュウ…。ありがと。」

 

ぎこちなくを離して、椅子に座る。

 

「お茶…。お兄ちゃんも美味しいって…言ってくれてたんだ。…だから、シュウも

 美味しいって言ってくれて、嬉しかったよ。」

 

俺は咳払いをして、

 

「また…茶を入れてくれると…いいんだが。」

 

パッ、との顔が明るくなる。

 

「うん!淹れてあげる!シュウのために!」

 

 

いつか、兄のような存在から抜け出して、

 

が、俺だけを見るようになれば……。

 

 

 

「美味しい?シュウ。」

 

 

 

言ってやる。

 

お前が望むなら

 

何度でも。

美味しい、と。

 

 

 

いつか…その台詞が、

 

変わるのかも、知れない…。

 

 

 

茶の湯気の様に、形を変えて。

茶の香りの様に、甘やかで馨しい。

 

への、想いを伝える言葉に。

 

 

 

 

「…好きだ…。」

 

 

 

 

――The End――

 

 

 

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後足掻き

シュウ殿でございます。結構好きですよ?鬼畜軍師。

でも、カップリングでしか見た事ない…私が見ないだけなのかしら??

シュウ殿には可愛げのあるおてんばさんがお似合いだと…。

文句…等々、BBSにて。

 

 2002・11・12改  月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

 

 

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