あれから俺は、彼女の元を訪ねてはいない。

恐かった…のかもしれない。

いつも、あの優しい微笑をたたえる彼女の、

 

 

揺れた瞳が…見たくなかった。

 

 

 

 

新たなる縁

 

 

「ねぇねぇ…フリックさん、何かあったの?」

 

いつもフリックにつきまとい、煙たがられているニナが、酒場で急にそんな事を

言い出した。尋ねられたビクトール達も大して気に留めていない風に、

 

「何だよ、今日は。聞きたい事があるならいつもフリックに直接聞くくせに。」

「だって…なんか様子が変なんだもの…。私がバンダナやマントを洗っても文句

 言わないし…。この間お弁当作っていったらありがとう、なんて言うのよ。

 今まで一回も言ってくれなかったのに。」

「そりゃ一大事だ!」

 

ちょっとニナはむっとしつつも、うん、と頷いた。

 

「でも、確かにここのところ変だよねぇ、フリック。この間も酒場の出口の段差で

 すっ転んでたし…、酒量も多いみたいだしねぇ。」

 

酒場の女主人、レオナが煙管をふかしながらそう言った。

 

「そういえば、戦いの時も、なんだかボーっとしてて…。」

 

リオウが言う。その後風船で飛んでいった事は、さすがに言わなかったが。

 

「変だな、確実に。」

 

全員一致の意見である。さて、当のフリックといえば…。

 

「はぁぁ…。」

 

重い溜め息の似つかわしくない、爽やかな景色が眼前に広がる屋上にいた。

 

「どうしたら…いいんだろうな…。」

 

オデッサの事を聞かれただけなのに、何で逃げたんだろう。

別に何も、悪いことをしたわけではないのに。

でも何となく、

 

 

 

 

に……悪い気がした。

 

 

 

 

…俺が、をオデッサの『代わり』として見ていたんじゃないかって…。

それは、にとってどんなに辛いだろう。

見ず知らずの女と「似ている」と言われて…。

彼女は、どんな気持ちだったんだろう…。

 

 

「なんという情けない恰好をしておるのだ。おんしは。ここから突き落として

 やりたいぐらい酷い背の丸まりようだのう。大の男が情けなや。」

「シエラ!?どうしてここに…。」

「わらわが屋上にきてはならぬと言うのか?」

「いや、別にそうじゃないけど…。」

 

墓場の方が似合ってる、って言いたかったけど、よした。

こんな時に雷なんて食らいたくないからな。

 

「何をうじうじと悩んでおるのだ?…ま、大方下らぬ事だろうが。」

「下らなくなんて…!!」

「ないと言うのか?おんし、自分でも分かっておろうが。ただ、それを認めたく

 ないだけで。」

「っ…。」

「愚かだのう。おんしはわらわの様に、永久の命を持っているわけではあるまいに。

 長く考えて答えが出るならよく考えるがよい。だが、分かっておるのにそれが

 恐いからと目を瞑り、短い刻を無駄に過ごすのは愚か以外の何物でもなかろう?」

「…シエラ…。」

「己が心と向き合うには、勇気がいる。わらわも、よく知っている。だが、向き合わねば

 進歩はない。…おんしにも、分かっておるだろう?」

「……。」

 

オデッサが死んだ時も、そうだった。

死んだっていう事実が認められないで、ティルを避けた事もあった。

心も分かっているはずなのに、わざと目を背けた。

失う事が恐くて。

 

 

あれから数年の歳月が経ったのに、俺はあまり変わっていない…。

 

「今からでも遅くはなかろう。自分の中の答えに正直になるがよい。おんしは、

 それが出来る男であろう?」

「…そうだな。…サンキュ、シエラ。」

「まったく、余分な世話をかけおって。早く行くがいい。」

「ああ。」

 

シエラの厳しく温かい言葉に励まされながら、俺はグレッグミンスターへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

。」

 

彼女はいつもと変わらず、せっせと仕事をしていた。

華奢な身体をめいいっぱい働かせて。

でも…。

 

「あ…フリック…。」

「どうしたんだ…?元気がないじゃないか…。」

 

後ろめたさも忘れて、俺はの側へ駆け寄った。

泣きはらしたらしく、瞳が赤い。

 

「…お父さんが…亡くなったの。」

「!!…そう、か…。」

「でも、もう、大丈夫よ。心配しないで。」

 

辛いはずなのに、懸命に微笑もうとする彼女が痛々しくて。

俺はいつのまにか、その華奢な身体を抱きしめていた。

 

「辛いなら…泣いてくれ。」

「フリック…ホントにもう、大丈夫だから…。」

「……すまなかった。一人で、さぞ心細かっただろうに…。」

「いい…いいの。来てくれただけで。」

「…オデッサは、俺の憧れで…好きな人、だった。」

「フリック…。」

 

止めさせようと身動ぎしたを、少しだけ強く抱きしめる。

 

「だけど、もう、それは過去の事って、俺の中では整理されていたんだ。

 確かに、目標である事は今も変わらない。でも、それ以上じゃない。」

 

まっすぐに、の瞳を見る。

綺麗で澄んだ瞳。

 

「…俺は、が一番大切なんだ。」

「フリック…!」

 

答えの代わりに、は俺の服にきゅっとしがみついて来た。

 

「…。本拠地に来るか?」

「え?」

「お父さんも亡くなられて、女一人こんなところに住むのは危険過ぎる。本拠地なら

 安全だからな。」

 

は下を向いて、少々考えてから、

 

「ううん。ここに住むわ。」

…でも…。」

「大丈夫よ。これでも日々農作業で鍛えているもの。それに、最近バルカスさんとお友達

 になってね、時々見回りに来てくれるって。だから。」

「危ないぞ?それでも。」

「いいの。お父さんと過ごしたこの家を、離れたくないから。…でも、一つだけ、

 わがまま…聞いてくれる?」

「ああ。俺に出来る事なら何でも言ってくれ。」

「あのね。」

 

 

 

 

 

時々は、私の所に来てくれる?

 

 

 

 

 

 

そっと耳元で告げられた、可愛らしい「わがまま」。

 

 

俺はもちろん、それを承諾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで、彼女の導きの様に、俺はと出会った。

数ある嫌な縁。

だから、縁ってものは嫌いだった。

でも、この縁は、悪くないと思っている。

 

 

「フリック!」

 

 

オデッサに似た…いや、

 

 

の声が、俺を呼ぶたびに。

が、俺に微笑みかけるだけで。

幸せが、ふわりと広がっていく。

 

 

 

この縁は、絶対に切れさせやしない。

決意して、そっと懐に手をあてる。

 

 

 

 

俺の懐には、『』と名のついた小刀が、そっと忍ばせてある。

 

 

 

 

That's all……

 

 

 

 

 

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