小さい頃から、ずっと傍にいた。

  

家も隣で、幼稚園も学校も一緒で。

 

だから、離れた事に違和感を感じていただけだと思っていた。

 

 

 

 

お前にもう一度逢うまでは

 

 

 

 

 

 

 

 

普遍

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熊野…現在の和歌山と三重にあたるその地。

 

記紀神話にも登場するその地は、死者の国・黄泉に通じる黄泉平坂があるという。

 

かつてイザナキという男神、イザナミという女神がいた。

 

二人は夫婦として国々や神々を生んだ。

 

しかし、ある日火の神を生んだイザナミはその火で焼け死んでしまう。

 

妻を深く愛していたイザナキは黄泉の国まで向かい、イザナミを迎えに行く。

しかしイザナミは黄泉の食べ物を口にしており、もはや普通に戻ることは

出来なくなっていた。そこでイザナミは閻魔に赦しを請いに行く。

 

その時、必ずイザナミの姿を見ないことをイザナキに誓わせた。

しかし、イザナキは禁を破りイザナミの姿を見てしまう。

 

 

美しかったイザナミの、肉が削げ落ち、蛆虫が沸いている変わり果てた姿を見てしまった

イザナキは、逃げ出した。

 

怒り狂ったイザナミはイザナキを追い黄泉平坂にやってくる。

 

イザナキは大岩を黄泉平坂に置き進路を塞いだ。

大岩を挟んで夫婦はこんな言葉を交わした。

 

 

イザナミは言う

「このような非道、あぁ憎らしや。私は貴方の国の民を一日に千人ずつくびり殺して

 やりましょう」

 

イザナキは言う

「そなたが一日千人殺すというならば、私は一日千五百の子をこの世に迎えてやろう」

 

 

こうして生きているものは黄泉に行けなくなり、

また人は一日に生まれ死ぬ数が決まった…と書かれている。

 

 

『ふっ…俺なら千人などと小さな事は言わず、全てを殺してしまえばいいと思うがな…』

『知盛…またお前はそんな事言って…』

『神話など下らない、と仰るんでしょう?兄上』

 

 

俺がこの世界にやって来て3年以上過ぎた。

 

六波羅でさ迷っていた俺を拾った平氏に世話になった。死んだ重盛とよく似ていると

言われ、還内府と呼ばれ始めた。

 

 

黄泉から還った還内府。

 

 

 

でも、俺は有川将臣…。重盛じゃない。

 

 

 

 

 

「…みくん、将臣くん!」

 

久しぶりの「俺」の名で俺を起こす声は心地良くて、

起きなくてはと思う心に反して眠気が襲う。

 

「もー…相変わらずねぼすけなんだから、将臣くんってば。」

「兄さんは昔からそうだからね…。」

「ほーら、将臣くんってば!起きて〜っ!」

 

布団を剥がされ、ゆさゆさと身体を揺すぶられようやく瞼が開いていく

 

「あーもぅ、うっせーなぁ…お前ら、朝から元気ありすぎ。」

 

「おはよう。将臣くんが朝弱すぎるんだよ。」

、この世界じゃ正確な時計なんてねぇんだからゆっくりでいいだろ?」

「ダメだよっ。」

 

腰に手をあててため息をつく

世話焼きのくせにどっか抜けててそそっかしくて、昔から何も変わらない。

 

「ねぇねぇ、今日はちょっと出かけようよ。」

「は?ドコにだよ。」

「え?うーん、ドコって言われても…。特に決めてないんだけど。ほら、

 すごくいい天気だし、熊野川の様子を見る間、何もする事がないでしょ?」

 

怨霊の所為で氾濫を起こしていた熊野川。

 

昨日、その怨霊を協力して倒したものの、翌日から狙いすましたように雨が降り、

再び増水してしまった。

白龍いわく、今回は単なる増水のため、1〜2日待機するしかないとの事だった。

 

まぁ、今日みたいないい天気が続けば、明日にも出発できそうだが。

 

「なら、美しい姫君のお手を取って参るのは、俺の役目にしてくれると嬉しいんだけど。」

「ヒノエくん!」

 

こっちの世界にもやっぱりナンパなヤツってのはいるもんで。

ヒノエはよくまぁ口が回るものだと感心するほどだ。

 

「でも、それなら皆で行こうよ。」

「俺は姫君と二人きりがいいんだけどね。次の機会は是非、俺と二人きりの逢瀬である

 ことを願っているよ。」

 

至極残念そうなため息をつきながらも懲りずに口説いている。

意味を分かっているやら居ないやら、はにこにこ笑っている。

 

 

…ったく、危なっかしいんだからよ。

 

 

「とりあえず、ヒノエ。お前にガイド頼むわ。てきとーに良さそうなトコ案内してくれよ。」

「うん、ヒノエくん、よろしくね?」

「仕方ないね。この辺りだと新宮と那智大社、御浜。もう少し足を伸ばすなら

 瀞八丁、花の窟辺りまでかな?」

「じゃあ、少し遠くまで行ってみようか。朝ご飯食べたら出発しよう♪」

 

半ば強制で連れてこられた熊野見物。

まぁ、今のところ本宮に行く手立てもないから、たまにはコイツらに付き合ってやるのも

いいとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが花の窟?」

「そうだよ。ここは石が御神体になっているんだ。、何故か知っているかい?」

「え?知らないけど…将臣くんは知ってる?」

 

目の前にある大岩を見て、今朝見た夢を思い出す。

知盛と重衡と読み解いた記紀神話の話だ。

 

「神様が黄泉路から悪鬼と化した奥さんが来るのをコイツで食い止めたんだ。

 で、ここはその奥さんの墓って事になってるんだよ。

 ま、神さんが置いた神聖な岩ってことだろ。」

「え、奥さんを追いやっちゃったの!?」

 

俺がざっくりと概要を話してやると、は興味深そうに聞いていた。

 

「その話は聞いた事があるけど、ここがその舞台だっていうのは知らなかったな。

 兄さんはいつ知ったんだ?」

「ん?…今世話になってるやつらから、まぁいろいろと聞いたんだよ。」

「…でも、凄く悲しい話だね。」

 

は岩を取り囲む柵に再び近づいて、ぽつりと言う。

 

「どうしてそんなに好きだったのに、相手から逃げるんだろう?」

「そりゃ、美しかった奥さんがそんなになっちまえば、ショックだろ。

 それに約束破っちまってるわけだからな。」

「…だけど心はそのままだよ?見た目がどんなに変わっても。

 それに、その奥さんだってなんとか旦那さんとまた一緒に居たくて

 追いかけてきたのかもしれない。どうして、話し合えなかったんだろう?」

「話し合う…ね。神にも色々事情があるんだろ。

 黄泉に連れてかれちまったら、今やるべき事が出来なくなっちまうとかな。」

 

確かにこの話は、けしてイザナミが全面的に悪いわけじゃない。

イザナキも約束を破っている。

お互い信じ合えずにすれ違い、岩を以って永遠に別たれてしまった。

 

 

 

『心はそのままだよ』

 

 

 

そういったの台詞は、何だか自分に向けているようで。

 

 

俺にとっては3年半、にとっては半年の隔たり。

一人、時を余分に過ごした。

ましてこちらの世界で俺は『有川 将臣』で居る時間なんて、殆どなかった。

 

それでもアイツは、変わらないと。

 

 

 

俺を『俺』で居させてくれるような気がして。

 

 

 

 

 

 

「今、熊野の烏が情報を持ってきたよ。明日にでも熊野川は通れるってさ。」

 

 

ヒノエの伝言は、差し迫る別れを告げるものだ。

俺はまた、還内府…『平 重盛』として居なければならない。

 

 

「将臣くん?どうかした?」

 

 

俺を見上げる、変わらない瞳。

 

少しも俺を疑わない、澄んだ瞳。

 

 

「ったく、…お前反則だぞ。」

 

俺はぐしゃぐしゃっと乱暴にの髪を撫でまわす。

 

口を尖らせてお前は抗議する。

 

「もう、将臣くんてばいつもこうなんだからっ。」

 

明日には、この笑顔としばらく別れなければならない。

そう思うと、胸が痛んだ。

 

傍にいたのが当たり前過ぎて。いや、傍にいたのが幸せ過ぎて気付けなかった。

 

「ほらっ、行こう?」

 

無邪気に手を引くお前が…が、好きなんだって事。

 

愛しくて、傍にいたい。

 

それが叶わぬ時だから。

 

 

今だけは、ゆっくり時が流れるようにと、信じてもいない神に祈ってみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

遙か3ドリ第1弾〜は将臣でした。うん、意外や意外(笑)どうしても古事記の記述が

使いたくて(笑)熊野なら将臣一緒だし、何だかリンクするところもちょっとあるじゃ

ないですか〜。でもなんか中途半端になったのが残念…。初書きということで許して

いただければ…(汗)ヒノエと譲んわりとほったらかしですな…。

 

 2007・5・26 月堂 亜泉 捧

 

 

 

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