よく晴れた、夏の午後。

遠くに見える山が深緑色を増して鮮やかに輝く。

テニスコート近くの植え込みで、私はひたすら山とにらめっこしていた。

 

「んー、もう少しアングルが右に…。」

 

山のほうを向いたまま微調整をして歩を進めると、ドンッと何かにぶつかる。

 

 

 

 

 

 

 

感覚

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

「あわわっ、ごっ、ごめんなさい!」

 

慌てて頭を下げると、聞きなれた低い声が頭に振ってきた。

 

「…よそ見をして歩くな、。」

「えっ、あっ!?て、手塚!」

 

跳ねるように顔を上げると、眉間にしわを寄せた手塚がそこに立っていた。

…いや、いつも眉間にしわ寄ってるんだけどね。

 

「何だ…俺では何か問題があったのか。」

「いやいや。そうじゃないけど。」

 

ぶんぶんと手を振る。

まだ納得していない風だったけど、彼はいつものように「そうか」とだけ言った。

 

「ところで、何をしていたんだ。」

「んーとね、いいアングル探し。」

「?」

 

私は手に持っていたスケッチブックをとんとんと叩いて、

 

「今度の美術展に出す作品の題材、自然のものにしようと思ってさ。

 山を描こうかなって考えてるの。」

「…ほう。」

 

少しだけ、手塚の声のトーンが上がった…気がする。気のせいかなぁ?

 

「というわけでね、いい場所探してるのよね。」

「ここからでは何が気に入らないんだ?」

「うーん、山の全景が見えないところかなぁ。

 巧く言葉にならないんだよ、こういうのってやっぱり感覚的なものだから。」

「…そういうものなのか。」

「そういうもんなんですよ。」

 

変な会話をしながら私はなおもいいアングルを探してちょこちょこ動き回る。

ぱきん、と後ろで小枝の折れる音がした。

 

。」

「へ?って、ちょっ、手塚ッ!?」

 

振り向けば、それはもう目を疑いたくなる光景。

いや、ホントに。いつもだったら絶対ありえないシチュエーションで、こっちのほうが

スケッチしておきたくなったくらいだ。

 

 

 

 

 

 

 

だって、あの超!堅物の手塚が、

 

木登りするところなんてそれはもう無形文化財指定物でしょ!!

 

 

 

 

「何やってんのー!!?」

「…見て分からないか。」

「いや、分かるけど頭の中で処理が大変っていうか!」

「…ここなら、お前の言ういいアングル、とやらじゃないのか?」

 

手塚が、木の上から私に手を差し伸べてくれる。

スケッチブックと筆記具を受け取ってから私の手を引っ張って、登るのを手伝ってくれた。

 

 

 

 

 

 

その手が何だか大きくて、暖かくて、無言の時さえ埋めてくれた。

 

 

 

 

 

「うわぁ……綺麗…!」

 

遮るものはわずかしかなくて、それさえも絵に組み込んでしまえばアクセントになる。

私が探していた最高のアングルがそこにあった。

 

「菊丸が前に、ここへ登っていたことがあってな。あの時は注意したんだが…

 俺が登ってしまっては、どうしようもないな…。」

 

手塚が時々見せる、苦みばしった微笑がふと出る。

こんなに素敵な景色を見ても、この人の笑みはぎこちないままなのだろうかと思った

次の瞬間。

 

 

 

 

「………綺麗だな。」

 

 

一瞬。

瞬き。

刹那。

 

 

 

 

それだけだけど、彼は笑顔を見せた。

 

すごく穏やかな、優しい…今までに見たことも無い笑み。

 

「…どうした。」

「え?あ、ううん、なんでもないっ!」

 

振りかえった時はもう、いつもの手塚。仏頂面がこちらを不思議そうに見ていた。

 

私は心の動揺を締め出すように、スケッチをし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっし、こんなもんかな?」

 

手早くスケッチを終わらせると、もういいのか、と驚いたように手塚が尋ねた。

 

「今日はこんな感じ。だいたいの輪郭を書いたらスケッチは出来あがりなの。」

「そうか。」

 

私はぴょん、と木の上から飛び降りる。

手塚が止めようとしたみたいだけど、無事着地。

ほっとしたような、ちょっと呆れたような複雑な表情をする。

手塚はきちんと降りてきた。律儀だなぁ…。

 

 

「こらっ、そこっ!!」

 

竜崎先生の声がした。私は慌てて手塚の手を引っ張り、茂みに身を隠した。

 

「全く…あっ!菊丸、アンタかい!?今、木に登っていたのは!」

 

通りすがりの菊ちゃんが疑いをかけられている…ゴメン…。

 

「うぇっ!?オレじゃないよ〜。今まで向こうにいたしさ〜。」

「そうかい。ならいいんだけどね。…それより、後ろ手に持ってるものは何だい?」

「えっ、あ〜っと、これはぁ…その〜…。」

「没収しておくからね。」

 

バッ、と菊ちゃんからゲーム機を取り上げて、竜崎先生は職員室に帰ってしまった。

 

「げ〜…ついてないの…。」

 

ぶつぶつ文句を言いながら校舎のほうへ行く。

あの分だと、だれかへ愚痴りに行くんだろうなぁ…。

 

「…。」

「あ、ゴメン手塚!」

 

思わずずっと手を握りっぱなしだったのを思い出して、私はすぐに手をほどく。

 

 

 

 

 

掌が、熱い。

 

 

 

 

 

変だなぁ。冷え性の私は万年雪女の手なのに…。

 

 

 

「あっ、あのさ、今日は…ありがとう…。」

 

私が素直にお礼を言うと、一瞬戸惑ったように沈黙してから、

 

ふと、表情を緩めた。

 

 

それは、さっき見た表情よりも幾分堅いものだったけど。

それでも、小さな熱を自覚させるには十分なものだった。

 

 

今はまだ、小さくて儚いものだけれど。

 

徐々に胸のうちを焦がしていく、熱だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さん。」

 

美術展から数日後。美術部顧問の先生が、私を呼びとめた。

 

「この間の作品、随分といいものが出来あがったわね。さんの作品に、今まで

 見られなかった何か…。う〜ん、言葉にするのは難しいわね…。そうね…。

 恋をしたときの不思議な高揚感、とでも言うのかしら。」

 

言葉が見つからず困っている先生に、私は、

 

「感覚的に気に入っていただけたらいいです。」

 

とだけ答えた。

 

 

 

 

 

実際に体験しなければ、分からない感覚なんてたくさんあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

========================================

後足掻き

久しぶりの手塚です。このネタは前々からあっためてたんですけど。初披露です☆

ドリの醍醐味は手塚さんをほろっと微笑ますところにあると思うの!(力説)

今回は何とか形になったかなぁ…(ドキドキ)今回の一番可哀想な子は菊。(笑)

すべては竜崎先生に立ち退いていただくための友情出演です。(爆)あの後菊が愚痴りに

行くのは私的に大石か乾がいいです。手塚にゃ絶対愚痴んないでしょ。また怒られるから。

  2004・2・24 月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送