LOVERY HONEY
「こーんにちはっ。」
元気な声が玄関先から聞こえてくる。
雨の休日のアンニュイな雰囲気を払拭するような明るさは、部屋にふわりと行き渡る。
「いらっしゃい、ちゃん。」
「よく来てくれたわね。」
「あっ、おばさま、由美子さん♪」
僕は逸る気持ちを抑えて後から彼女を迎える。
「やあ、。」
「周助、やっほー☆」
何気ない挨拶を交わし、彼女の微笑みを見るだけで僕は嬉しくなる。
昔から変わらない、彼女への恋心。
「残念だったね、今日雨降っちゃって。」
「そうだね。」
姉の淹れたハーブティを飲みながら、は雨の外で静かに降り続く雨を見つめる。
「せっかく周助とテニス練習する予定だったのになぁ。」
「梅雨の時期は仕方ないよ。屋内練習場はこの辺りにないからね。」
テニスの練習をすることは、それはそれで楽しいけれど。
とこうして他愛ない話をしているのは、より楽しい。
そんな風に考えているだなんて、気付いていないんだろうな…は。
「そういえば、周助は夏の大会、勿論出るんでしょ?」
「ああ、うん。」
「へへ、凄いなぁ〜…。応援に行くからね。」
まるで自分の事のように喜んでくれるのがまた嬉しい。
でも、それを知られるのがなんだか照れくさくて、話題をのほうへ振ってみる。
「だって、女子の方で出るんでしょ?」
「んー、わかんない。今回は補欠になるかもしれない。最近、成績不振だから。」
「え、本当に?」
そんな風には一切見えなかった。
練習の合間や、たまに出来る休日の自主練習で打ち合った時は、
僕と渡り合う、女子の強豪の実力を感じる事が出来たから。
「うん。ダブルフォルトが酷いの。全然サーブ入らないし、
この間なんて3回も失点しちゃって。」
「サーブ?…うーん、練習あるのみだね。」
「あはは、ですね。」
クッキーを齧って微笑む彼女。
昔から僕が知る彼女と、少しも変わらない。
少し落ち込んでいても、甘いものを食べればすぐに幸せそうな微笑を浮かべ、
前向きな発想に切り替える事が出来る。
その明るさ、素直さに僕は一体何度惚れ直しただろうか。
「ゲーム、不二!」
後輩との対戦。
練習試合は少しだけ時間が延びた。
昨日の雨の影響かコートの状態が悪かったのがあるかもしれない。
「ありがとうございました。」
「こちらこそ。今度は本気で試合しようか。」
「い、いえ、今はまだ胸を借りるのが手一杯ですっ。」
真面目な後輩はそう言うと負けた罰ゲームにグラウンドまで走って行ってしまった。
僕は何気なく女子のテニスコートを見る。
一番に探してしまうのは勿論、の姿だ。
丁度サーブの時…。
バシッ、と言う音がしただろうが、遠くて僕には聞こえなかった。
のサーブは、ネットに阻まれるようにしてぽとりと落ちてしまった。
(ああ…惜しい。)
僕は思わず心の中でそう呟いていた。
球速は変わらないのに、コントロールが酷く鈍っている。
どうしてなのだろう…。
「。」
「…あ、周助。」
休憩時間、木陰で休むの姿を見つけた僕は、
さり気なく彼女の横に座る。
「見てたよ。ギリギリで勝ったね。」
「ホントに。凄いギリギリね。後輩とのウォーミングアップなのに。」
「まあ、そう気を落とさないで。はい、コレ。僕の奢り。」
「へ?…あ、やったあ♪ありがとう!」
彼女の好きなミルクセーキを渡す。
テニスの後にでも、濃厚な甘い飲み物を飲むのはおそらくくらいだろう。
しかも、スポーツドリンクと交互に。
「ぷはっ。おいしい〜♪」
「不調の原因は何だろうね?見た所フォームにも問題はないのに。」
「うーん、それが分かってたらいいのにね〜?」
思いきり伸びをすると、はすっくと立ちあがった。
「まあ、原因が分かったとしても、それが解決できない事にはどうにもならないけどね〜。」
「…それはそうなんだけど。」
「何となくは分かってるんだ。でも、気にしないようにしないと済まない事だから。」
そう語る彼女の横顔は酷く大人びていて。
僕の知らないを見せつけられているようで、胸が少し痛んだ。
君の全てが知りたい。
そう思うのは我侭かもしれない。
好きになるから、全てを知りたくなる。醜いエゴ。
そんな醜さを見たら、君は僕から離れていくんだろうか。
帰り道でさえ、の事が離れない。
近所なんだから、会いに行けばいいのに。
でも、今に会っても、上手く自分を抑える自信がない。
「あ、いたいた。周助〜♪こっちだよっ」
運命と言うのは酷い仕打ちをするものだ。
「。……あれ、その子は?」
「あ、この子は女子テニス部の後輩で、ちゃん。」
顔を見ると、どこかで見たなと記憶が戻る。
そうか、昨日と対戦していた後輩の一人に、この子がいた気がする。
「あ、あの、不二先輩…好きなんです!」
「えっ。」
突然の告白に僕は目を剥いてしまう。
「ずっと見てました…先輩の事。先輩も時々こっちを見てくれるから、
ますます気になっちゃって……。もしよかったら、付き合ってください!」
ぺこっと頭を下げるその子に、は切なげな目線を送っていた。
そして僕のほうを向くと…。
「ど、どうかな?はいい子だし、可愛いから…。」
「…。」
何となく把握出来てしまった。
多分、はこの事を僕に隠すのに必死だったんだろう。
最近の不調は考え過ぎだったのかもしれない。
にも、この子にも悪いけれど、この告白を受ける事は出来ない。
「さん、だったね。…凄くその気持ちは嬉しいんだけど…。
僕にはずっと前から好きな人がいるんだ。…どんな人に告白されても、
その気持ちが揺るがないから。……ごめんね。」
「……やっぱり、そうですよね。すいません、いきなり。」
またさっきのようにお辞儀をすると、その子はにも会釈してから走り去ってしまった。
「あ〜ぁ…。」
「…そんなに責めないで欲しいな。本心を偽ったら、それこそ彼女に失礼だと思うよ?」
「まあ、そうですけど。…ところで、ずっと前から好きだった子って誰?」
「え」
まさかそこを突かれるとは思ってなかった。
というか、本人に聞かれているのは…なんだか情けない。
「あ、もしかして小学校の時、1組に居た…。」
僕は言いかける彼女の身体を引き寄せて抱きしめた。
「しゅ、周助!?ここ、外!そして私達はもうすでに思春期の男女ですけども!?」
「慌て過ぎてて面白い事言ってる、。」
いつものが帰ってきたみたいで嬉しかった。
彼女の身体からは仄かに甘い匂い。
普段摂っている糖分が香っているのかな、なんてバカな事を考える。
「ずっと想ってたのは、君だよ。
君以外、恋愛対象として目に入る事はなかったよ。」
「う…そ……。」
彼女はへなへなと脱力して、僕の予想外のセリフを言い放った。
「だって今まで、そんな事いってもらった事なかったし……。
だったら、に相談されて、私の気持ちと板挟みで悩んで、テニスも不調になって…
悩んで悩んで10円ハゲ出来るかってくらいの私の心労は無意味だったわけ!?」
「…えっと…話を整理すると…。
も、僕の事…好きでいてくれたって事…?」
「……もっと早く気付けよこんちくしょーっ!」
嬉しそうな悪態を、僕も笑顔で受けとめた。
甘く蜂蜜色に溶けた夕方の空。
きっと明日は今日よりも晴れる。
そんな予感が、確かに去来していた。
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後足掻き
うーわ、またもスピード仕上げの駄作完成―(オイ)不二さま参上です。
今回は相当白さに拘りました(笑)しかもちょっと鈍感(笑)
えっと、後輩ちゃんは当て馬ですね(爆)友人はそんな役ばっかさせてますね。
そろそろもう少し進化した文章が書きたいですね…。
2006・6・3 月堂 亜泉 捧
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