Nobody Could Expect

 

 

 

 

部室のドアを開ける。と、パソコンの独特な動作音が聞こえた。

やはり…と思って中に入ったら、何かに躓きそうになった。

 

スニーカー。

青いストライプのスニーカーは確か…。

 

 

さん!?」

 

部室に置かれたベンチに、崩れた様にもたれかかり、苦しげに息をしている。

喉がヒューヒューと笛のように音を立てて、顔色は真っ青だ。

 

「っ…貴女、喘息持ちだったんですねっ…!?」

 

知り合いの人が喘息持ちで、こういった症状が出るというのは聞いた事がある。

気管が締まり、呼吸困難に陥ってしまうのだと。

対処法はよく分からないけれど、気管が締まっているのなら筋肉の緊張によるもの。

ならば、落ち着かせるしかない。

 

さん、大丈夫ですか?今、保健医を呼びます。」

 

彼女は苦しそうに首を振った。

 

「…っ…ク、バッ………ク……中…。」

 

なんとか言葉を紡ぐ。指を差したのはロッカー。中には彼女の荷物が入っているはずだ。

 

「え…バックの中ですか?」

「…く…す……袋………入……て…。」

 

僕はロッカーを開け、彼女の鞄の中を漁った。

小さな袋の中に薬を見つけ、急いで彼女に渡す。

 

「…大丈夫ですか…?」

「…大丈夫……です…。」

 

まだ苦しそうではあるものの、なんとか言葉を喋れるようになった。

その後10分ぐらい経った後は、彼女も落ち着きを取り戻していた。

 

「どうして、言わなかったんです。喘息持ちだと…。」

「観月君、知らなかったの?観月君なら、てっきり知ってると…。」

「知りませんでしたよ。僕にも、調べきれぬ事もあるんですから。」

 

また少しだけ背を丸め、身を縮める。

 

「そう…だよね。観月君は忙しいものね。私みたいに出来が悪くて…やる事がたくさん

あるわけじゃないし…。」

「…さんは、どうしてマネージャーになったんです?」

 

そんなに辛い持病を持っているのなら、わざわざ辛いマネージャーをしなくてもいいと

思うのですが。

 

「私…テニスがすごい好きなの。だから1年の頃はテニス部にいたのよ。でも下手だし…。

 何より、こんな病弱な身体じゃ持たなくて…。しょっちゅう休んで、上手くならなくて

 …結局、辞めたの。それでも、テニスは好きだから、何かしら関わっていたくて…そう

 したら、それを聞いた赤澤君が『そんなに仕事ないけど、マネージャーやるか?』って

 言ってくれて。補強組がくる前までは、そんなに忙しくなかったから…。あ、補強組

 が悪いわけじゃなくて…むしろ良かったんだけど…。」

 

彼女は本当にテニスが好きだという事は、見ていて何となく分かった。

試合を見るときの楽しそうで、きらきらとした表情は…テニスが好きでなければ

出来ない表情。

それに、彼女は彼女なりに頑張っていた事も知っている。

 

僕の作ったメニューを研究して、スポーツドリンクの調合を変えていた事。

最後まで残って、備品のチェックをしていた事。

 

「…忙しくなった時点で辞めようとか、思わなかったんですか?」

「…ごめんなさい。」

「何も貴女を責めているわけじゃないんですよ。理由を聞かせて欲しいだけです。」

「…辞めよう、なんて微塵も思わなかった…。

 だから、私は迷惑をかけちゃって…観月君の負担を増やして…。」

 

ここまでマイナスに考えられる事も、僕には理解できなかった。

 

 

 

 

 

『はじめは凄いわね。頭の回転が速いのね。』

 

母親は、いつも僕を褒めてくれた。

母親の喜ぶ事なんて、ほとんど分かっていた。

近所の人に礼儀良くする。よい成績を取る。我侭をけして言わない。

父親だって似たようなものだ。

結局は自分のちっぽけな名声の為に、子に完璧を要求する。

 

それは、学校でも同じだった。

教師は「良い子」を求める。

全ては、「シナリオ」のように決まりきった事ばかりだった。

 

だから僕は「シナリオ」という武器を持った。それは自信、と名を変え始めている。

 

 

 

「とにかく、無茶はしないでください。」

「はい、観月君に迷惑かけないように…。」

「そうじゃないでしょう?」

「はい?」

 

本当に彼女は「自分は迷惑になっている」と思っているから困る。

僕は僕なりに精一杯口調を柔らかくして、

 

 

「部の仕事よりも、僕の仕事量が増える事よりも、貴女は自分の事を大切になさい。

 貴方の体のほうが、よほど大切なんですから。」

 

 

今だ小さく唸っていたパソコンの電源を切って、僕は部室の外へと出た。

 

 

 

 

 

 

暑い。

 

 

 

 

 

そう感じるのは、夏のじりじりと照りつける太陽のせいだけではなくて。

 

 

 

知ってしまった、自分の中に眠る熱い想いのせい。

 

 

 

 

貴女に…いつのまにか。

心奪われてしまっていたんですね。

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

観月が恋心に目覚めちゃいました。でもこのまま告白はしないんだろうなぁ…多分。

この観月、ひねくれさんのようですから(笑)すると…ホントに十話で終わるだろうか…。

が、頑張りまーす。

 2003・3・2 月堂 亜泉 捧

 

 

 

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