戦慄

 

 No.01

 

 

 

 

 

 

 

障子を隔てた一室で、落ちつきなさそうに座っている人物は、控えている者に

何度目か分からないくらいの同じ質問を投げかける。

 

「大丈夫なのか、は。」

「ご安心くださいませ、信繁様。今はただ眠っているだけですわ。」

 

そうか、と小さく呟くが、恐らくまた何分後かには同じ質問をすることだろう。

それを見る従者達も忍び笑いを漏らす。

 

 

「にゃははっ、幸村ちゃんってばわっかりやすぅ〜い♪」

 

天井から急に甲高いお気楽な声が降ってくる。

ヒュ、と空を切る音がして、桃色の影がはっきりとした輪郭を持つ。

 

「くのいちか。」

「にゃはっ、に何かあるとす〜ぐコレだからねぇっ?

 ところで、どぉしちゃったワケ?」

 

ニコニコ顔のくのいちとは対称的に苦い顔をして、幸村は事の顛末を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今戻った!」

 

戦場から帰ってきた幸村は、厩に馬を置き屋敷の中へと入っていく。

多くの兵士と共に屋敷の中に入っていくが、幸村の向かう方向は皆と少々違っていた。

 

まず、湯殿に行かなければ、と彼は歩を進めた。

全てはさる人のためなのだが、それが裏目に出るとも知らずに。

 

 

「幸村様…ッ!?」

「!」

 

悲鳴を飲みこむ声が聞こえ、幸村はバッと振り返る。

そこには顔色を真っ青にした女性…幸村の想い人、が居たのだ。

 

「……っ…。」

 

返り血を浴びた幸村の姿を見て、は気絶しその場に崩れ落ちる。

幸村は慌てて抱きとめ、急ぎ医者を呼んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。は血が苦手だからねッ。お嬢様は大変、大変っ♪」

「恐らく…俺が流した血だとでも思ったのだろう。は、戦国を生きる女としては

 心優し過ぎるのだ。」

 

自分に向けて優しく儚げな笑顔を浮かべる彼女の姿を思い、幸村はそっと微笑む。

 

 

 

戦場で見せる紅蓮の炎のような瞳の色は、そこに無い。

 

 

主人の見せる穏やかな様子は、周りの従者達も波紋のように伝わる。

 

戦場では鬼神のような強さを見せるが、優しい心を忘れる事のない幸村の性格は

従者達を惹きつける大きな長所であった。

 

 

 

 

カタン、と襖が音を立てると、一斉に皆がそちらを向く。

 

姿を見せたのは、他でもない

顔色がまだ優れず、少々髪が寝崩れてはいるが、きちんとした足取りでこちらへ来る。

 

!まだ無理をするな、顔色が優れん。」

「いいえ、大丈夫です。それに…ずっと天井とにらめっこは退屈です。」

 

微笑むは、いつもにも増して儚く溶けてしまいそうだった。

幸村は思わず、人目も憚らずその細い身体を抱きしめる。

 

「さてとぉ。お邪魔者は退散するとしましょかっ、じゃあね〜。にゃははっ♪」

 

再び影となりくのいちが去ったのを皮切りに、控えの者達も次々退出する。

二人きりになって、不思議な静寂が包む。

 

 

 

 

「あ……遅れました…。幸村様、よくぞご無事でお帰りになられました。」

 

そっと顔を上げてそう言うに、愛おしさが込み上げる。

 

「ああ、今戻った。」

 

答えを聞きほっとしたのか、はそっと幸村に寄り添う。

 

「…私は、今日…幸村様を失う時を考えてしまいました…。

 今日のように、暖かな幸村様と添う事が出来なくなる日を…。」

 

きゅっと幸村の着物の袖を掴んで話すを、幸村は優しく抱きしめる。

 

「私は、恐ろしいのです…。

 幸村様が戦に集中できるようにと、気を強く持とうと思っても…。

 この身が、震えてくるのです…。」

…。」

 

湿り気を帯びた夏の風が、カタカタと障子を揺らす。

 

「だからこそ…俺は戦場に立ち、を守りたいと思うのだ。

 今まで俺は戦場にて武士らしく潔く散る事を考えていた。だが…今の俺にはが居る。」

 

不思議そうな顔をして見上げるに、幸村は優しく微笑む。

 

「俺と共に、歩んでくれないか。乱世の中、必ずや道を開いてみせる…。

 この、の恐れを、必ずや無くしてみせる。」

 

一瞬、目を見開いて相手を見た後、は穏やかに微笑む。

 

「今更…です。私はとうの昔に…。

 いかに不安であっても、幸村様のお傍に居りますと、心に誓ったのです。

 ですから、私だけ置いて行かれる事に、恐れていたのです。」

 

の言葉に今度は、幸村が驚く。

その様子に二人して顔を見合わせ、笑いあった。

楽しげな笑い声は、退出した従者達にも聞こえた…との事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お互いを想い、時に戦慄を覚えようと

 

 

離れることなく…と誓う言葉は、

 

 

 

 

 

 

 

永久なるもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

ダメだ…すげ苦手かもしれない、幸村。KYOの幸村は書きやすいのにッ…!

熱血系は基本的に苦手です。熱い人ダメ。ウィットな人のが得意。

史実に基づくと、どちらかと言うとKYOの幸村に近いようですね。お酒と女が好きで

九度山退去後、道楽代を借金してますから(笑)つーワケであんなお館ラブでないと。

くのいちをちらっと出したけど…くのいちの方が実は書きやすかったり(爆)

 2004・5・24 月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

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