たった一つの願い

 NO.16

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの静寂が、今宵はほんの少し異質であった。

夜中だというのに、どこかそわそわとした空気が流れている。

 

 

 

休む事ない戦の準備がそれを誘発しているのを皆分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

敢えて、口には出さないのみ。

 

 

 

 

 

 

「…蘭丸…まだ、起きている…?」

 

そっと部屋の様子をうかがうと、そこには禅を組んだまま静かに佇む蘭丸の姿があった。

凛とした顔が、月明かりと、小さく焚かれた大殿油で輪郭を描かれる。

 

「…?」

「あっ…ごめんなさい。邪魔しちゃった?」

「いいえ、構わないですが…。」

 

座す位置をの方に向け、そっと手招きをする。

は静かにそちらへ歩を向け、向かいにすとんと座る。

 

「もう少しこちらへ来ても構わないですよ?」

「ううん…いいの。ここで。」

 

 

寂しくなるから、と呟いたのは、二人ともない事にした。

 

 

 

「綺麗な…月だね。」

「ああ…そうですね。とても綺麗な…満月。」

 

いつもの二人には見られない、不自然な沈黙が流れる。

 

 

 

 

「「あのっ!」」

 

 

 

 

 

 

「あっ…、先に…。」

「ううん…ごめん、蘭丸、先に言って。」

 

気まずい間の後、蘭丸が口を開く。

 

「私は、いつも覚悟しているつもりです。…戦に赴くということは、命を賭す事ですから。

 けれど、最近は…どうしてか“私は生き延びられる”と…。

 確信めいて思うようになったのです。それは…」

 

躊躇うように言葉を切った後、ふうとため息をつくと、

顔を上げてしっかり相手を見つめた。

 

 

「それは…、貴女を守るために生き延びようと誓う心が、生まれてきたのです。」

 

 

言葉を聞いて、は目を見開いて驚く。

これが月明かりではなく陽光の元でなら、の朱に染まった顔まで具に見られた事だろう。

 

「…さあ、の番です。」

「えっと…蘭丸。」

「はい。」

 

まだ赤い顔のまま、はゆっくり口を開く。

 

「私は…最近どんどん我侭になっていく気がして…。

 蘭丸が戦に行くというたびに、すがり付いて、行かないで欲しいと言いたくなる。

 …これではいけないと思っているのに。」

 

蘭丸が驚きに瞳を見開く。表情を緩め、蘭丸は自らに近寄り、相手の手を取る。

 

「…。嬉しいです。」

「蘭丸…。」

「貴女の為に、必ずや生きて戻ってまいります。戦から戻ってきたらば、必ずやこの手を

 もう一度、私の手で包み込めるよう。」

 

蘭丸は真摯な瞳で相手を見つめた。は気恥ずかしさに俯きそうになるが、ここで

目を逸らしてはならないと、顔を上げて相手を見つめ返す。

 

 

 

ぱちっ、と大殿油がはぜる音がする。

小さな虫が炎に魅入られたように飛び、ゆらゆらとした影が襖に映る。

 

床は冷たく、窓から零れる夏の色を帯び始めた月光に濡れる。

 

 

ゆっくりと口を開き、緩慢な時の流れを悟らせたのは、の方であった。

 

 

「…西の地を…思ひやりつつ、月みれば……ただに泣かるる頃にもあるかな…。」

 

流麗な動きで外の月を見て、は詠う。

蘭丸はそれを聞くと苦笑して、「返歌は苦手です。」と言う。

 

「いいの、明日までに…返事をくれれば。歌を考えていれば、少しは気も紛れるわ…。」

「…分かりました。これほどまでに立派なの歌ならば、

 私もそれなりのものを考えなくてはなりませんね。…大変な宿題です。」

 

二人で鈴の鳴るような声で笑いあい、どちらからともなく寄り添った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「それでは、行ってまいります。」

 

馬に乗り背筋を正し、微量な緊張を纏う蘭丸は、見送りの中に見つける。

 

。」

 

名を呼ぶだけで少しだけ表情が綻ぶ。

名を呼ばれた本人は、前に居る大勢の見送り人を避け、前に歩み寄ってくる。

 

「頑張って考えました。昨日の返歌です。」

 

馬から降りて、相手の愛らしい耳元にそっと囁く。

聞いた瞬間には大きく目を見開き、その後涙をたたえながらも微笑んだ。

 

「…蘭丸様、行ってらっしゃいませ。」

「…行ってまいります。」

 

颯爽と馬に乗り、蘭丸は主の後ろについて出立する。

はらはらと零れる雫に袖を濡らしながら、はいつまでも見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日が沈み 月の現る所にて 泣かるる君を 忘ることなし…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

========================================

後足掻き

あああああ…やっと出来た…。今日は何だか神が降りてきているらしい(笑)

お題が一つ完成致しました。蘭丸殿でゴザイマス。…友人以上恋人未満…ってトコですか。

蘭丸のため口は分からないのでもういっそのこと敬語にしてしまいました。

今回使用した歌は、ヒロインの方は紫式部の詠った歌です。蘭丸の返歌は全くの創作。

…待てよ?美濃から西って〜と…本能寺…(爆)ま、まあ気にしないで下さい…ほかの

小さめな戦ってコトで…。歌の意味は本日の日記にでも書きます。

 

 2004・7・11 月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送