真髄

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございまーす」

 

玄関口から明るい声が響いてくる。景時が応対し、こちらへと招き入れる。

 

「弁慶、ちゃんが来たよ〜。」

「あぁ、どうぞお入りください。」

「失礼します〜。弁慶さんおはようございます。」

 

ぺこっと頭を下げるのは、さん。

ここ京の町で万屋を営んでいる。

 

扱っているものは本当に幅広く、いい品揃いなため好評を得ている。

 

 

そして、私の調合した薬も仕入している。

 

とはいえ、その売値はほぼ底値で採算度外視の価格。

そのうえ、金がない人に至っては金銭を取らず渡してしまう。

 

 

以前、私もその事を気にかけ、

「わざわざ買わなくても差し上げますから」と言ったことがある。

ところが、彼女は首を振って

 

「弁慶さんの薬をあたしが買えば、弁慶さんの薬の質は落ちないでしょう?

 だからあたしは買うんです。それだけ価値あるものだって知ってますから。

 あたしは、良いものをお客さんに提供したいんです。

 だから、時にわりが合わなくても…お客さんに満足してもらえれば十分なんですよ。

 それに、そうしたお客さん達は、いつまでも馴染みさんになってくれる。

 話し相手に来てくれたりしますから、楽しいんです。」

 

この言葉を、「商人」を卑下する貴族に聞かせてやりたいと、本当に思った。

 

 

心根が優しく、すべての人の幸せを願うような彼女の行動は、とても好感が持てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は胃腸薬と傷薬、それから軟膏と…」

 

背中にしょった薬箱を置いて、多くの引き出しを開け不足分を書き留める。

 

「あと、夜泣きに効く仁丹をお願いします。」

「夜泣きに?」

「えぇ。馴染みの奥様のとこに子供が産まれて…それはそれは可愛らしい

 男の子なんですけど、癇の虫が強くて夜泣きが酷いそうで困ってらしたんです。」

 

まるで自分が困っているかのような表情をしているさん。

こうして、人の立場に立って物事を考えられる姿勢は感心させられる。

 

自分の「人の立場に立って物事を考える」事があるのは、策略の時だけだ。

 

相手がどのように考え、判断し、計画し、実行するか…。

 

 

そうして先読みをして、相手を陥れるだけの結果をもたらす。

 

 

だから、私から見て彼女はこんなにも眩しい。

 

「そうだ、弁慶さん。今日はお忙しいですか?」

 

薬箱に補充してから、さんは小首を傾げながら私に尋ねる。

 

「え?…いえ、今日は特に予定が入っているわけではないですが。」

「良かったぁ。なら、少しだけ出かけませんか?」

「ええ、いいですよ。どちらへ行かれるんですか?」

 

にっこりと微笑んで、さんは人差し指を自分の口元に当て

 

「秘密です!行き先を言っては面白くないじゃないですか。」

「ふふっ、それもそうですね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が連れてきたのは薬草畑だった。

 

しかし、そこはただの草地ではなく、

白や桃色の淡い小さな花が咲き乱れる花畑になっていた。

 

 

「素敵でしょう?この薬草畑は、今の時期になるとこうして一斉に花を咲かせるんです。

 普通の花畑と違って、ちょっと彩りには欠けますけど、これはこれで綺麗なんですよ。」

 

柔らかな微笑を浮かべて、薬草畑に座るさん。

 

「確かに、趣があって素敵ですね。」

「でしょう!?良かったぁ、弁慶さんを連れてきて。

 他の人じゃきっと理解してくれないから。」

 

そっと優しく薬草の花に触れて、微笑むさん。

その暖かな光景に、らしくもなく胸が高鳴る。

 

こんな時がずっと続けばいいと、本当に、私らしくない事を考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく経ったある日の事だった。

 

「おい、弁慶、いるか!」

「何ですか、九郎。もう少し落ちついて…。」

「これが落ちついてなど居られるか!

 何の罪もない人間が、あらぬ疑いをかけられているんだぞ!?」

 

憤慨している九郎の言葉から察するに、

誰かが無実の罪で…恐らく検非違使に捕まったのだろう、と言う事だけだ。

 

「確かにそれはゆゆしき事態です。それで九郎。どなたが何の罪を被っているのです?」

「…殿だ。彼女の売る薬は紛い物だと言う貴族に唆されるように、

 検非違使が動いたそうだ。」

「…まさか。彼女の薬はまっとうなものです。」

「だから俺は許せんのだ。何が目的か知らんが、民のために薬を提供してくださっている

 殿に、あろう事かそのような疑いをかけるとは…。」

 

またも興奮したようで徐々に早口になる九郎。

私は頭の中である程度の策を組み上げ、すっと立ち上がった。

 

「九郎、殿がどちらに連れていかれたか分かりますか?」

「ああ。…行くのか?」

「ええ、勿論です。九郎も私が行くと思って話してくださったのでしょう?」

「まあな。」

 

九郎に案内され、検非違使の詰所へやって来た。

その時、丁度検非違使がさんを連れてきたところだった。

 

「待たれよ!」

「!!」

「……!…源九郎義経殿、それに弁慶殿。…何故このような所に。」

「少々、お尋ねしたい事がありまして。そちらに拘束している女性の事についてです。」

 

さんの頬が、微かに腫れている。

きっとこの検非違使に殴られたのだろう。そう思うと腸が煮えくり返る思いだった。

けれど、ここで冷静さを欠いてはいけない。

 

「そちらの方は、私の知り合いです。何があったのか事情をお聞かせ願いたい。」

「…さる御方が、以前から薬師を探していたのだ。

 そして、殿が民草ながら良い薬を売るとの事で買っておったのだ。

 しかしながら、昨日風病みの薬が届き、それを服用したところお倒れになってな。」

「…それで、その薬が問題だと?」

 

さんは口を引き結んでいたが、瞳はこっちを見て訴えかけていた。

 

放っておいてくださいと。

あなたが私を庇う事はないと。

 

…けれど、私は貴女を見捨てられるほどに堕ちてはいない。

 

 

「…ならば、あなた方が縄をかけなければならないのは、私のほうでしょう。

 薬を調合したのは私です。ただ売っていただけの彼女は、何の罪もない。」

「な、何を…。」

「それに、あなたは今、『風病みの薬が届いた』と仰った。…さんは、

 その時直接届けに行っていないのではないですか?」

「そ…れは…。」

「貴族方の争いかもしれない事柄に、冤罪で民草を裁いたとあらば、

 くすぶっている勢力がここぞとばかりに蜂起してもおかしくはないでしょうね。」

 

私がそう畳みかけると、役人は顔面を真っ青にした。

慌ててさんを捕らえた縄を離し、詰所中に飛び込んでいった。

中ではきっと大騒動になっていることだろう。

その隙にさんに近寄り、轡と縄を解く。

 

「…さん、大丈夫ですか?」

「はい…弁慶さんこそ、こんな無茶を…。」

「無茶は昔から慣れていますから。…この所なかったもので緊張しましたが。」

 

そうして茶化してみると、見る見るうちにさんの瞳に涙が浮かんだ。

 

「ダメですっ、もっとご自分を大事にしてください!

 下手をしたら弁慶さんまで捕まって、打ち首に処されるかもしれなかったのですよ!?」

さん…。」

「…そんなの、私は嫌です…。」

 

微かに震えるさんの細くて柔らかい身体をそっと抱きしめる。

 

…護ってあげたいと思う、愛おしさが込み上げる。

 

 

「私のこんな卑劣な能力でも、貴女を守る事が出来るなら…。」

「えっ…?」

 

顔を上げて不思議そうに首を傾げるさんに、私はにっこりと微笑みかける。

 

「慕う女性を守ってこそ、男ですよね。。」

「っ!?」

 

今度はさんが、見る見るうちに顔色を変え、茹で蛸のように真っ赤になる。

 

「フフッ。さて、後は検非違使の方が優秀な事を祈りましょう。

 それと、九郎にもご協力をお願いしますよ。」

「ああ、分かっている。…それと弁慶、少しは場を弁えたらどうだ。

 屋敷に戻ってからゆっくり話をしろ。」

「そうですね、そうしましょう。行きましょう、。」

「…は、はい…。」

 

 

 

 

その後。

 

検非違使の再調査の結果、複数の薬を同時に服用していた事が判明。

また、届けられた薬も政敵がの名を語ったもので、痺れ薬だったとの事。

 

これからは2度とこのような事がないように、と源氏棟梁の名のもとに密書も送られた。

ひとまずは安心はしたけれど。

 

 

「…傍にいますよ。。」

 

 

あの花畑のような、優しくて可憐で、誰にでも安らぎをもたらす貴女を。

 

ずっと傍で守りますから…ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

よ、ようやくエンドマークを打つ事が出来ました…(汗)書き始めたはいいものの、

途中で挫折しまくって何とか上げました…。策略を練るのはおバカな月堂には

無理でした!!ゴメンね弁慶さん!好きだよ、3番目くらいに!(オイ)

うー、龍神様、文才を授けてください。(本気)

 2007・11・27 月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

 

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