彼は、空高く飛ぶ鳥。なら、私は…。

 

「…じゃあ、本当に構わないんだね?」

「…はい。」

「残念だけど、こればっかりは仕方のないことみたいだね…。」

 

私は、先生の言葉に、曖昧な笑顔を返した。

ここで、自分をも騙せるほどの言葉が私の頭の中に浮かぶ事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

而知空深

〜されど空の深さを知る〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――いい天気だなぁー…。」

 

徐々にだけれど、夏の空から秋の空へと変わりゆく最近。

今日も目に痛い青空と、瞼の裏にまで焼きつく太陽。

 

どちらも、私の思いなど軽く無視したもの。

少しだけ胸が痛んで、瞳を瞑ると、ボールを打つ音がする。

 

 

 

―――どっちにしろ、辛いや…。

 

 

 

 

「何やってんの、そこで。」

「あー…リョーマ。」

 

片手にラケット、片手にファンタを持っているリョーマが、私のすぐ側にいた。

ここまで接近されてても気配に気付かないとは…。

 

「遠くから見ても分かるくらいにぬけた顔して、女として恥ずかしくないわけ?」

「んー…もうヤバいかもね。」

 

いつもの私だったらもっと熱くなって言い返すのに、今日の私はぼんやり空を見ながら

気の抜けた答えを返す。

 

私の様子がいつもと違うのに気を止めているのかいないのか、

リョーマは私の寄りかかっている木の、隣の木に寄りかかって、ファンタを飲み始める。

 

「…部活、辞めるんだって?」

「…まあ、ね……。」

 

 

 

何だ、知ってんじゃん。

 

 

 

だから私へ必要以上に話しかけないのかな?

 

 

 

 

 

「悔しい?」

 

ファンタをいくらか飲んだ後、リョーマはそう聞いてきた。

私は相変わらず空を見上げて答える。

 

「…そりゃ…ね。足も動くし、試合勘だってまだまだ鈍ってないのに。」

 

それなのに。

この手は動いてくれない。

 

私は自分の両手を空に翳す。

それだけでふるふると震えてしまう手が、私には切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「脳…障害?」

 

どこの国の言葉かと思うくらい、その単語を飲みこむまで時間がかかった。

今まで13年間、大きな病気一つなく生きてきた私にとって、突き付けられた事実は

あまりに残酷だった。

 

「非常に珍しいケースですが、運動野の一部分が極端に弱いんです。それが何かの衝撃で、

 突然死滅してしまったんでしょう。」

 

医者が何を言っているのか、私には理解できなかった。でも、

「もう、テニスをすることは難しいでしょうね。」

…その一言だけは理解して…耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

握力が極端に減り、腕の力もあまり入らなくなってゆく。

 

 

大好きなラケットを、握って素振りする事さえ出来なくなる。

 

「…退部届、字がヘろへろしてるんだ。…手に力が入らなくって、さ。

 それ見てるだけで、なんか…切なくなってきちゃって。」

「…。」

 

ふっ、と力を抜いて、腕を下ろす。

こんな何でもない動作さえ、今の私には大変に思えた。

 

 

 

 

 

「…テニス、嫌いになった?」

 

突然、リョーマがそんな事を聞いてきた。

 

「そんなわけないじゃない…嫌いになれたら、こんなに辛くないわよ…。」

 

リョーマはファンタの缶を置いて、私のところに来た。

同じ木に寄りかかってくる。

 

 

 

まだあどけなさの残る、でも意思の強い瞳が、すぐ側にある。

なんだか意識してしまって、つい目をそらす。

 

「…。」

「えっ…!?」

 

手に触れた、暖かなもの。

リョーマが、私の手をそっと握っていた。

 

肉刺のある、努力を垣間見せる手。

どきどきする。…その、触れている部分が、痺れるように熱い。

 

「リョ、リョーマ…っ。」

「…手、暖かいじゃん。」

「え?」

「もっと…冷たいもんだと思った。…まだ、この手は生きてる。」

 

魔法をかけられたような気がする。

リョーマにそう言われると、まるで前までのように自分の手が動きそうな気がした。

リョーマの手の温もりが、私を癒してくれる気がした。

 

「…あのね、ちょっと聞いて欲しいんだ。」

「…?」

「どうして、部活をやめようと決心したか。中国の故事を、に教えてもらったんだ。

 …井の中の蛙、大海を知らず…されど、空の深さを知る。」

 

たとえ、周りをどんな困難に囲まれてても。

見たことのない海は、どれほどの大きさか見られない。

でも、井戸にぽっかりと開く穴からは、空高く飛ぶ鳥が見える。

 

空の深さが、知れる。

 

「きっとね、私は空の深さが分かる。…だってね、青学には凄い先輩達がいる。

 そして何より…リョーマがいる。」

 

私は、力の入らない手で、リョーマの手を握り返す。

 

「リョーマが、高く高く羽ばたいてくれれば、私は空の深さが分かる。

 だから、私の分まで、高く飛んで欲しい。」

 

風向きが変わって、コートから聞こえるボールの音が、少し遠くなった。

 

「そんなの、当たり前じゃん。」

「…生意気…。」

 

いつも通りのリョーマの受け答えに、私は微笑う。

 

「でも、俺はそれだけじゃないから。」

「え?」

 

私の手を握ったまま、リョーマは私のおでこにそっとキスを落とした。

 

「お前も、一緒につれてくから。」

 

いつも通りの、余裕の笑み。

 

それが今日は、頼り甲斐があって…カッコイイ男の子の表情に見えて、ドキドキする。

 

「集合!!」

 

コートのほうから、手塚部長が呼んでいる。

リョーマは名残惜しそうに私の手を離して、駆け足でコートに向かった。

…と、不意にこちらを振り返り、

 

「あ、それから…。は自分を蛙なんかに喩えるの、変だから。

 お前、もっと可愛いんだからさ。」

 

くいっ、と帽子を深く被りなおして、走り去っていく。

 

「…リョーマ…。」

 

まだ、握られていた手が熱い。おでこにも、ほんのりと熱が残っているみたいだ。

 

 

 

 

 

 

私は、空高く飛ぶ鳥を見上げる、小さな生き物になるんだと思ってた。

 

 

 

 

でも。

 

 

 

 

彼の羽が、私を深い空に…連れて行ってくれる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

…リョーマ…なんですけど、不完全燃焼気味。なんか綺麗にまとめられん〜(泣)

エア・ギアの影響を受けて「井の中の〜」の故事を使いたかっただけなんです。なのに

上手く行きませんでした…ふふ。所詮私の文才はこんなもん。そしてラストは某双子

の出てくる野球マンガですかい?(乾笑)萌えポイントはいくつかちりばめたつもり

なんだけど…どうなんでしょう。感想、苦情どんとこい(超常現象)

 2003・11・12 月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

 

 

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