「あれ…?」
私は音楽室に入ってから、疑問の声をあげた。
いつもそこにいるはずの人が、見えなかったから。
Summer Sound
「やっほう、ちゃん!教室ぶり☆」
「また来たんだ、菊ちゃん?」
「うんっ。ちゃんのピアノが聞きたいんだもん。ダメかにゃ?」
「いや…別に、ダメじゃないけど。」
こんな感じで、あれ以来毎日といっていいほど、菊ちゃんは音楽室へ来るようになった。
とはいえ、クラシックを弾いている私だから、聞いてる間にうとうとしているのが常なんだけど。
でも、毎日菊ちゃんがいるおかげで、私のあがり症は良くなっている気がする。
今では菊ちゃんがいると、安心して弾ける、ぐらいに。
でも今日は珍しく、菊ちゃんがいない。
急に音楽室が広く、寂しく感じた。
前まではこんな空間にいつもいたのに…。
「どうかしちゃってるなぁ…。」
独り言も、宙に漂うだけで帰ってくることはない。
ピアノの蓋を開けて、何ともなく弾き出したのは、『少年時代』
あの日以来、必ず菊ちゃんが弾いて欲しいと頼む曲。
今は誰一人として聞く者がいないけれど。
旋律は、最後のパートにさしかかる。
「夏が過ぎ風あざみ 誰のあこがれにさまよう 八月は夢花火 私の心は夏模様…。」
「!!」
思わず振り返ると、そこにはいたずらっ子な笑みを浮かべた菊ちゃん。
「にゃははー。きっくまる参上☆なーんちゃって。っていうか、ヒドイなぁ。俺のいない時に
弾いちゃうんだもんっ。」
なんだか、くすぐったい気持ちになった。嬉しかった。
音楽室の空気がぱっと華やぐ。
「実はさー、生徒指導の先生に捕まってて、来るのが遅れちゃったんだよね。あの先生しつけーのなんのって。」
「ふふ。なんか菊ちゃん、眼の敵にされてるみたいね。」
「そーなんだよー。あ…そうだ、忘れないうちに渡しておくよ。コレ。」
菊ちゃんが手渡したのは1枚のチラシ。夜空に光る花火を背景に、「納涼祭」と赤い文字が紙面を踊っている。
「明後日なんだけどさ、予定なかったら一緒に行かない?」
…それって、デートのお誘い…じゃないよね。うん。私は不二君一筋だし…。
単なる友達として、誘ってるのよね。なら、まあ…いいかぁ。
「うんと…いいよ。行っても。」
「マジで!?やった〜☆」
「そこまで喜ばなくても…。」
「だって、ちゃんと一緒に行けるのが嬉しいんだもんっ。」
「っ!!」
…不意打ちでスゴイこと言ってるよ、菊ちゃん…心臓止まるかと思った…。
「じゃ、明後日の七時に駅集合!と言うわけで。少年時代、弾いてくんない?」
「うん。」
☆―――☆
「やばいやばい、ちょっと遅れそうかも〜。」
ピアノが大好きで外に出かけることの少ない私だから、お母さんに「納涼祭に行く」って言ったら
大喜びしちゃって、私以上のはしゃぎっぷりで浴衣を着せて、軽くメイクまでほどこしてくれたもんだから、
約束の時間ぎりぎり。
「あー!ちゃん、こっちこっち!」
遠くから手を振る菊ちゃん。さすが目がいい。
「ごめん、ちょっと遅れ気味で。」
「いいっていいって、ね。不二。」
!?
「うん、気にしなくていいよ。それにとっても似合ってるよ、浴衣。」
!!!!!!!!!
「ちょっと菊ちゃん、こっち!!」
「うわわわっ、何!??」
「不二君が来るなんて聞いてないよ!」
「あー、うん。ホントはもっと呼ぼうと思ったんだけど、何でかみんな都合が悪くって。」
いや、そりゃ嬉しいよ?不二君がこんなに間近に見られるし、私服だってめったに見られないし…
ああ…やっぱりカッコイイなあ…とかって思うけど!
にしてもっ、心の準備ってモノが必要でしょうっ!!
あたふたしてる私を見て、菊ちゃんが、
「もしかして、不二の事が好きだったりしてーっ☆」
「わわわわーーーーっ!!!!!」
私は慌てて菊ちゃんの口をふさぐ。
「ひょっほひへ…ふほひ?(ひょっとして…図星?)」
黙って菊ちゃんを解放してあげると、菊ちゃんは何事もなかったように、
「んじゃま、いこっか☆」
「うん。さ、さん。」
「う…うん…。」
多分、傍目から見たら結構異質だろう三人は、人ごみの中へ…。
☆―――☆
「やっぱりお祭りと言ったらリンゴ飴よね。」
数多く並んだ屋台。私はリンゴ飴を買う。うん。おいしい♪
「さん、リンゴ好き?」
「うん。リンゴも好きだけど。」
「僕も好きなんだ。リンゴ。」
そんな台詞も素敵とか思っちゃう…心臓が持つか…。
「きゃっ!!」
「「危ないっ!」」
気を取られて転んでしまった私を支えてくれたのは、不二君。
菊ちゃんは不二君の向こう側にいたから。(多分私に気を使ってくれたんだろう…。)
「大丈夫?気をつけてね。」
「はっ、はい…。」
わー、わーっ!!すごくドキドキする〜!!
うわぁ、綺麗な手…。女の子よりもずっとずっと綺麗だと思う…。
そして、はたと気づく。
「あーっ、落としちゃった…。」
無残に落ちたリンゴ飴。まだ二口くらいしか食べてないのに〜…。
「ちゃん、オレ買ってくるよ。」
「え!?そんな、いいよ菊ちゃん。」
「いいから!不二は、ちゃんエスコートしといて!!」
そう言い放ってから、菊ちゃんはあっという間に雑踏を掻き分けていってしまった。
「…仕方ない…か。この先の公園で待ってようか。そこなら花火も見られるし、分かりやすいでしょ。」
「あ…花火、もうすぐだよね。」
ふいに、菊ちゃんと一緒に見られないかも、という不安が襲って、急に悲しくなる。
「さん?」
「…え…。」
「大丈夫?ボーっとしてたみたいだけど…。」
「ううん、大丈夫…。」
おかしいな…。
念願の、不二君と二人きりのシチュエーション。
なのに、さっき手が触れただけでドキドキしていたのが嘘みたいに冷静。
どうしてだろう。
足りない…。
「…。」
え?今…不二君、私の名前…呼び捨てで…。
「いきなりで、悪いんだけど…僕と、付き合わない?」
雑踏が、シンと静まる。
頭の中で、ぐるぐるとその台詞が回るのに、理解できないで困ってる。
はいと、答えれば…不二君の彼女。
ずっと、一緒にいられる。
二人で…いられる。ずっと…。
「ごめんなさい…。」
不二君が、目を見開く。
「…不二君の事…好きなはずなのに、何でか…『はい』って言えないの…。
こんなもどかしい気持ちのままじゃ…答えられないから…。」
「…そっか。」
不二君はいつものように、優しい笑みを浮かべた。
「じゃあ、今一番隣にいたいのは、誰?…もう答えを持ってるはずだよ?」
「…でも…。」
「僕はいいから。行っておいで。」
「…うん。」
私は走り出した。多くの人の波を掻き分けて。
彼の姿を探して。
走って、馴れない下駄の鼻緒が食い込んでジンジンと痛んでも、私は彼を探して走った。
神社の境内。祭りの騒がしさも少しだけ遠のくそこに、一人佇む少年。
「…馬鹿だよなー、オレ。」
「…自分で棒に振っちゃったんだもんなー。今ごろは不二と仲良くしてんのかな…。」
「あー…彼女欲しいなぁー…。」
どんっ!!!!!
「うわっ!!??」
「っ…。」
「ちゃん!?どうして、ここにっ!?」
「…花火をね、菊ちゃんと見たかったのっ…。」
多分混乱してるだろう菊ちゃん。…私は、菊ちゃんに後ろから抱き付いてるから、
その表情はうかがえない。でも…。
「不二君じゃなくて…菊ちゃんと一緒にいたいの。」
「ちゃん…。」
菊ちゃんはクルンと振り返って、私をぎゅーっと抱きしめた。
「その言葉、ウソじゃやだよ!絶対、一緒にいるんだから!もう…離さないからなっ!」
言葉は不器用なんだけど、すごくドキドキした。
これが、私の求めていた言葉…求めていた人だったんだなぁ…。
☆―――☆
「。」
花火が始まってからしばらくのこと。菊ちゃんが私を呼んだ。
「ん?」
「少年時代、歌おっか。」
二人しかいない境内に少年時代が響く。
ピアノはないけれど、旋律は花火の音と光が奏でてくれている気がする。
「八月は夢花火 私の心は夏模様…。」
ひときわ大きな花火があがった。
私はその花火を見ることは出来なかった。
英二の瞳に映る光を、見ていた。
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後足掻き
やっぱり後編が長くなっちまった!ぐふっ…。詰め込めるだけ詰めこんだって感じです。
いいねえ、青春。(笑)不二様はどうしたかって言うのは番外編を書こうかと思ってます。と言うか、
もう少しすっきり綺麗にまとめたかった…。私の文才じゃどうやら無理だったようです。はひ。
修行不足ですね。枉賀ちゃん、こんなリメイクですまんですよ〜。
2003・7・1 月堂 亜泉 捧
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