剣一人敵

 ――雨降り始め 地緩む――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦の準備が静かに、だが着実に行われる。

 

「雨では、騎馬も使いにくいな…。」

 

はため息をついて空に張り付く黒い雲を見る。

 

「地は泥濘で悪いが…よろしく頼む。」

 

射抜いてくるような大粒の雨に濡れながら、は愛馬を撫でる。

馬は甘えるように小さく鳴いて、を舐めた。

普段はプライドが高く、威厳に満ちた馬なだけに、この行動には驚き、悟る。

 

「…お前にも…。」

 

途中まで口にしかけて、振り払うようには頭を振る。

 

「もう、事は動いてしまったのだ。今更何を言うつもりか…。」

 

カチッ、と鐙が鳴る。

軽やかに騎乗したは、毅然とした表情で前方を、そして彼の者を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我らはこれより、織田軍と交戦致す!狙うは織田の主要なる将、

 

 そして、総大将、織田信長!!」

 

長政が兵の前で高々と宣言する。

兵たちはその声に答え、低い唸りのような声を上げる。

 

陣頭に立つ長政は迷い一つない表情で前を見据える。

その様子に、浅井の者は勿論、朝倉の者も皆、自然士気が高まった。

 

 

 

 

たとえ、内にどのような思いを秘めていようとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備はいい?

 

出陣も間も無く、といった頃。

お市がの元へやってきた。は凛とした口調で、

 

「はい。長政様のご指示があれば、いつでも出陣できます。」

 

その様子に満足げに微笑んだ後、お市は下を向いて

 

「…死なないでね。」

「小谷方…。」

「武士である貴女にこういう事を言うのは失礼かもしれないけど…。

 たとえどんなことが貴女を待っていても、決して自分を投げ出さないで…。

 生きていれば、必ずもっといい道が見つかるはずだから…。」

 

お市はそこで一息ついてから、いつもの明るさで

 

「それに、私の前を行くのは、いつもじゃなくちゃ。」

 

ぱちん、と片目を瞑ってまで見せるので、は少し表情を緩める。

 

「…分かりました。必ず無事に戻って参ります。」

 

 

は、自分の腰に佩いた剣を見やる。

そして、懐かしそうで、嬉しそうで、悲しそうな…。

人知れず複雑な表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長政様、全ての隊、所定位置に布陣致しました。」

 

伝令のものが跪き、現状を告げる。

長政はきっ、と背筋を伸ばし直す。

 

「あい分かった。第一陣…出陣せよ!!」

 

その声と共に、兵士がどっと敵に切りかかる。

 

「小谷方、先駆けは私にお任せください!」

 

後方に声を飛ばし、は愛刀を抜いた。

大橋の向こう側まで届きそうな大きな声で、は叫ぶ。

 

「我が名は !!いざ、尋常に勝負――っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光秀様、隊、動き始めました。」

「分かっています。…あの子の声が、喧騒の中から聞こえてきますから。」

 

伝令はえっ、と驚いた顔をする。

幾人もの声があちこちで聞こえる戦場の中、たった一人の声を聞き分けるなど不可能だ。

その上、今日は酷い雨。

地に叩きつける雨の音と、黒いうねりを生みながら流れる姉川の水の音で、

側にいるものの声すら聞き取りづらい状況なのだ。

 

だが、光秀は確信を持っているというように微笑む。

 

 

「…あの子は、強い子です。ですが…その分、脆い。」

 

泣きつづける空を見上げ、光秀は小さく呟く。

 

「剣は一人の敵…。は今だ剣しか持ってはいない…。」

 

光秀はふっ、と苦笑してから、腰に佩いた愛刀を抜く。

刃先を見つめてから、それをヒュン、と前に突き出す。

 

「出陣致すっ!!」

 

わあっ、と光秀の隊が橋を渡り始める。

前方、さほど遠くない場所に、敵の陣はあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怯むな!!進撃を続けよ!」

 

は馬上から兵士たちを叱咤激励する。

状況は目に見えて分が悪かった。お市やが先陣を切って撃破していくものの、

後の兵士たちは明智の隊に気圧されている。

 

 

『もはや一人の英雄は要らぬ。血と数こそが、全てを制するのだ―――!!』

 

こんな時に、信長の言った言葉が頭の中を駆け巡る。

無用な迷いを消し去るために、一層強く馬を駆り、剣を振るう。

 

その時だった。

 

「無駄な抵抗はお止しなさい。」

 

凛と響く声。澄んだ声は喧騒などものともせずまっすぐに伝わってくる。

青馬に跨った麗雅の剣士、明智光秀。

 

雨に濡れた黒髪は更に艶を増し、白刃は雨の中でさえ光り輝く。

誰もが戦場にいることを忘れ、一時息を飲む。

 

「光秀様。」

、貴女の言った通り、こうして戦場で逢い見える事となりましたね。」

 

光秀は馬を下りた。

兵士たちはどよめいたが、それを手で制止させ、ゆっくりのほうへ近づく。

 

殿。今ここにて、一騎討ちを申し込む。」

「ッ…!」

 

方の兵が幾人か反応したが、はちらりと目配せをして鎮める。

 

「理由を、お聞かせ願えますか。」

「理由?」

 

ふ、と口を吊り上げて笑う表情を作る光秀。

 

「…その質問は、そのままにお返ししましょう。武士に、何故戦う理由を問いますか。

 理由を、お聞かせ願えますか。」

「!!」

 

一瞬、の顔に朱が走るが、すぐに表情を戻して、

 

「愚問でしたね。…分かりました。お受け致しましょう、明智光秀殿。」

 

刀を構え、真剣な表情で互いを見つめる。

大橋の中ほどにある大軍は皆息を潜め、たった二人の武士の様子をうかがっている。

 

 

通常、こういった一騎打ちは、とても静かに行われる。

鋼と鋼がぶつかれば、必ずどちらかの刃が欠ける。

勝負は、一瞬の刹那の間に決するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

大きな雨粒が剣先に当たった瞬間、事は動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

はい、光秀編第2話です。やっとこ出会ったと言うのに何だこの色気の無さは…(笑)

どうにもコレは半ドリ半小説って感じみたいです。ヒロインは嫌いじゃないです。

むしろ書いてて楽しいです。生き様がカッコイイ(笑)光秀の出陣のところは実際の

挿入ムービーをイメージして書いてます。物憂げな表情はヒロインの為という事で。

何か…終わりが見えてこないんだけど、どうしよう(爆)

 2004・4・30 月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

 

 

 

 

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