剣一人敵

 ――見えぬ天の川 見える血の川――

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキィン!!

 

 

 

1本の刀が大きく回転しながら飛んでいき、橋の上にゴトン、と音を立てて落ちる。

 

 

その柄は、紫苑の紐が鮮やかに光っていた。

 

 

 

「…勝負、ありましたね…。」

「…ええ。私の負けでございます。」

 

 

 

 

自分の首にあてがわれた白刃が、ひんやりとしているのか。

はたまた、自身の血の気が引いているのか。

 

 

 

ガタガタと大きく震えてしまいそうな身体を叱咤し、精神力で抑える。

 

 

 

「…どうぞ、首をお斬り下さい…光秀様。貴方様以上に、己の首を斬られて光栄に思える

 武士も他におりませぬ。…さあ…。」

 

は瞳をゆっくりと瞑った。

瞼の裏に映るものは、ただ深遠なる闇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(最期の時ぐらい、せめても、幸せなる走馬灯を見たかったのに…)

 

 

 

 

 

 

 

空気が一気に濃密になり、刀が振り下ろされる気配がする。

 

 

 

 

覚悟は…出来て、いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…光秀様…私は…。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチン…。

 

 

 

「えっ…。」

 

が思いもしない音に驚いて瞼を開けると、そこには刀を鞘に収めて立つ光秀の姿。

 

「貴女ほどの将を失うのは、非常に惜しいことです。…それだけでなく、

 私は信長様に、貴女を殺すのではなく、捕らえて来いと命ぜられました。」

 

顔色一つ変えないまま、光秀は飛んでいったの刀を拾いに行く。

 

 

「信長様は…私に、生き恥を曝せと仰せですか…。」

 

拳を握り締め、そう呟く

 

懐からさっと小刀を取り出し自分の首に突きたてようとする。

 

 

「なりません。」

 

 

 

 

ただ一言。

 

 

先程の様に刀をなぎ払ったような強さで、声が飛んでくる。

思わず、手が止まる。

 

「貴女は、死んではならない。…このような戦で、死ぬべき将ではない。」

 

声色は全く変わらない。だが、には分かった。

光秀の瞳が、わずかながらに揺れていたことを。

 

その瞳に、見覚えがあることも…。

 

 

 

「…を本陣まで送りなさい。」

「はっ。」

 

家臣が小さく答え、の体を起こす。

 

「…よい、私1人で歩ける。」

「ですが…。」

 

ふ、と苦笑し、は光秀の家臣に話しかける。

 

「見張りなどせずとも、自害などもはや考えぬ。…まあ、命ならば仕方あるまいか。」

 

くるりと後ろを向き、自分の隊に向けて声を張り上げる。

 

「大将の私が不在となりし今、織田方に付くも、浅井朝倉方に付くもそなたらの自由。

 この戦場より逃ぐるもよかろう。…好きにするが良い!」

 

それを聞いた兵士たちは戸惑った。しかしすぐに持ち直し、

 

「我らは殿に付いて参ります!」

「古より、貴女様にお仕えした身、滅ぶまで貴女様と共に!」

 

古参のの護衛や共に剣術を磨いた者ばかりで構成されたの隊は、

他のどの隊よりも結束は強かった。

は皆の言葉を聞き、少しだけ表情を緩めた後、毅然とした口調で

 

 

「皆…。―――分かった。そなたらは撤退せよ。近くの詰所より、坂本の領地にまで。

 …、それまで私の替わりに指揮をとれ。分かったか?」

「はい。どうか…様もご無事で。」

 

 

 

乳姉妹であり、同じ道を選んだ信頼の置ける臣下に託し、は織田の本陣に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しいのう、?美しきうぬの顔、変わらぬ様で喜ばしい。」

 

信長は傍らに濃姫を抱きながら、跪くの姿を愉しそうに見る。

 

「…信長様、何故私を殺せと…お命じになられなかったのですか。」

 

はただ地を見ながら尋ねた。

 

、そう下を向いたままいないの。私の妹は、お元気?」

「…ええ。」

 

濃姫の、戦場で交わすものではない話題に少々眉を顰める

 

「ふふ…武士とは悲しい生き物ね。自分の命を賭して、主を守ろうとする…

 血の繋がりさえない、危うい存在の主従に締め付けられたまま…。」

 

加虐的な性格から現状を楽しんでいる為か、信長の場所を構わぬ卑猥な行為の為か、

喉の奥から淫靡な声を上げて笑う濃姫。

 

「だからこそね?私は武士という存在が好きよ…。

 貴女も、光秀も…ね。」

 

するりと信長の腕から離れの側へ近寄り、その顎を持って上を向かせる。

 

 

 

、貴女には…この人の小姓になってもらいましょう…。」

 

 

 

 

の瞳が零れ落ちそうなほどに見開かれる。

 

 

 

丁度その時、光秀は…知る由もないはずだが、何故か嫌な胸騒ぎがしていた。

苦しそうな、悲しそうな面持ちで、その白刃に紅を吸わせていた。

 

 

 

 

 

 

大粒の雨が、紅さを伴って流れ行く。

 

 

 

 

血の涙のように。

 

絶ゆることなく、血の川は流れる。

 

 

 

 

 

 

日暮れが近づこうとも、天の川は、見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

明智の3話目〜…なんでこうも早く仕上がるんだ??(汗)

しかもなんだこの織田ファミリー。(苦笑)かなり偏見入ってますね。

そして濃姫が言い出しちゃったよ…!?コレはザ☆予定外(爆)

何かもう…ホントに話が勝手に突っ走っちゃってるよ、この連載…。

 

 2004・5・7 月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

 

 

 

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