剣一人敵

   激しき陽の雫に 濡れる愛惜の華

 

 

 

 




 

円座を敷いた床は、外の陽気とは違い少し冷えていた。

は床に拳をつき、深々と頭を下げた。

 

 

「……すまぬ。私が至らぬおかげで、そなたたちにも迷惑をかけた。」

 

「いえ…頭をおあげください、様。

 様の機転のお陰で、私どもは命拾いをしたのですから…。」

 

 

ゆっくりと頭を上げ、はそっと外を見つめた。

 

 

夜露に濡れた花々が綻ぶ。雀が戯れるように跳ね飛び、虫の羽音がする。

初夏の日に全てが歓喜している。

 

 

廂の向こうはこの重苦しい空気などそ知らぬふりで、まるで別世界のようであった。

 

「命拾い…本当に、皆はそれを望んでいたのだろうか…。

 自らの主が一階の小姓に成り下がり、武士としての誇りをくじかれた…。

 それで本当に、良かったのだろうか…。」

 

呟くように放ったの言葉には、その場に波紋を残して消える。

 

「…いや、もはや過ぎた事だ。私はあの時命絶ゆるも覚悟していたのだ。

 死んだ身と思えば、何を辛く思う事があろうか。」

 

 

再び、あのお方と戦場ではないところで相見える事が出来たのだから。

 

 

 

 

そう思えば、少しは心も慰められる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

。」

 

ビクッと身体が震える。

 

美しく響く蛇皮線の旋律。

 

 

 

「…濃姫様。」

 

こうして片膝をつくのは、幾度目か分からない。

だが、今日ほどに緊張を帯びたものがあっただろうか。

 

「うふふふ…いくら私が蝮の娘でもとって食すような事はしないわ。

 まぁ、寛いでお聞きなさい。…私の義妹は健在だそうよ…。

 負傷はしたものの、命に別状はないと。織田軍が配した間者からの情報よ。」

 

間者…。

 

その瞬間、は稲妻が走ったの如く心が打ち震えた。

 

 

 

 

 

信長の小姓として仕えていれば、いつしか軍の重大機構も耳にする事があるだろう。

そうした場合、向こうの誰かと通じ、情報交換する事さえ出来れば…。

 

 

 

私の失態を、報いる事が出来る。

 

 

 

 

勿論、そのような事を考えたのはおくびにも出さず、少し沈んだ表情を作りながら笑んだ。

 

 

「そうでしたか…小谷方はご無事で…。」

「それから、もう1人貴方に面会を申し込んだ人がいるのよ。…入りなさいな。」

 

 

 

 

瞬間、胸が高鳴る。

 

先ほど貫いた稲妻とは全く違う性質の、胸の震え。

 

、体の方は無事ですか?」

 

 

あの日と変わらない。

戦場での事がまるで嘘のように。

その穏やかで優しい瞳は、1分も変わってはいなかった。

 

 

「…ええ。ただ…多少身体が鈍ってはいるかと。」

 

苦笑しながら冗談めかして言うと、彼の表情が和らぐ。

 

 

あぁ、やはり、お変わりの無い微笑みだ…。

 

 

そう思うと、不意に涙が込み上げてきそうになる。

あの平和な頃には戻れないのだと分かっていながらも、自分は何を喜んでいるのだろうか。

 

 

「身体の調子が整えば、きっと多少は剣の稽古も出来ましょう。…前ほどとは行かずとも、

 稀に、手合わせを願いますよ。殿。」

 

軽く頭を下げ、濃姫様の後に続いてゆっくりと退出する姿を黙って見送る。

小姓の身分となってしまった私に「殿」とつけてくださった、彼の優しさが染みた。

 

 

小さな喜びを噛み締めて、少しだけ色の戻る外の風景を穏やかに見やった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、私は信長の寝所に呼ばれる事となるのを知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

やっと完成…。これもまた途中で詰まってたんですよね。何故だか分からないけれど

不意に止まる瞬間がある…やっぱりドリの神が帰ってる瞬間なのかな…。

で、今日は無理やり引き摺り下ろしました(笑)

だいぶ先の展望が見えてきたのですが…まだどうなる事やら。(オイ)


 2004.9.2 月堂 亜泉 捧




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