剣一人敵

 ――宵に溶ける炎 燃え出る紅蓮――

 

 

 

 

 

「何故ですか、濃姫様。」

 

思わず声を荒げそうになる自分を、何とか抑える。

背で私の声を受け止めた濃姫様は愉快そうな声を上げ、ひらりと振りかえってみせる。

 

「あら…随分と不機嫌そうね、光秀…。常に冷静な貴方が…珍しい。」

「はぐらかさないで頂きたい、濃姫様。…彼女の肩書きは諸大名、旗本に配慮して

 小姓とはなっておりますが、扱いとしては他の兵士と同じ扱いのはず…。

 それなのに、夜伽をするなど…信長様はこれ以上に彼女の誇りを挫くおつもりなのか。」

 

自分でも分かるくらいに、口調が早くなっている。

緊張と、焦りと…様々な感情が私の中で渦巻いて、収拾がつかない。

 

「うふふ…私が、あの人に勧めたのよ。」

「…!?」

「よろしくて、光秀?この度の戦いで生き残った私の妹…つまり、あの人の実妹。

 肉親の情…優しい彼女の気質。それ故に、反乱を起こす事もまずない。

 けれど、彼女はどうかしら。」

 

その時…。

濃姫様はの反乱がありうる、という事を言っているのだと。

心の一部で理解しているのに、心の別の個所では違う事を考えていた。

 

そう、まるで「私」に言われているような。

 

「…それで、濃姫様は…を夜伽の相手として、彼女の口を塞いでしまおうと

 お考えなのですか。」

「…うふふ。そうだと言ったら、どうなるのかしら。」

「濃姫様…彼女は、そんなに弱くありません。」

 

そう、強烈な夏の日差しにも負けない、強い少女。

私が尊敬し、憧れ…それ以上の感情をも抱かせてしまうほどに。

 

これは、血縁の情などではなく…もっと深いところで…。

 

「光秀がどう思おうが…私には関係のない事…ただ、間違った気は起こさないほうが

 賢明ね…。魔王の手にかかる前に、毒にやられてしまわないよう気をつけて…。」

 

妖艶に笑むと、着物の裾を翻して毒の鱗粉を持つ蝶は飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぬは面白い女子だ。」

「何がでございますか、信長様。」

「寝所にはべってもなお、その気は変わらぬ。怖れを抱くでもなく、媚びるでもなく。」

 

単姿で寝そべる「元」主君に、私は冷ややかな目線を向けていた。

だいたい、戦場に女がいるのは珍しい。

忍びの中にくのいち隊はあっても、鎧を着、戦場を堂々と駆ける者はまずいない。

それゆえ、まるで戦場にいる小姓のような扱いをされそうになることもままあった。

 

「男とは、みなそうなのだと理解していますから。戦場でも、寝所でも。

 力で全てをねじ伏せようとする。そこに歪みが生まれるとも知らず。」

「…ほう。うぬが歪みと申すか。」

「それは、信長様が解する事にて。」

 

信長様はゆったりと起き上がると、可笑しそうに含み笑いをする。

 

「うぬは本当に変わっておる…。わしが気に入るのも道理といったところか。」

 

外に控えていた護衛を呼ぶと、濁酒を持たせてくる。

盃に注がれた酒を飲み干し、私の方をじっと見る。

 

「飲むが良い。うぬは抱くより、こうして酒を酌み交わす方が心地よい。

 …このような女子は初めて出会うた。」

「私も、忠義を欠いた兵と再び酒を酌み交わすような主君とは初めて出会いますが。」

 

ざらりと口に残る濁酒を飲み干しながら、私の胸中は色々な考えが巡っていた。

 

 

このまま取り入って、織田方の兵として再び戦場に身を置くか。

あるいは、小谷の皆への忠誠を尽くし、抵抗を試みるか。

もしくは………。

 

 

最後の考えを実行に移せたなら、私はとても幸せに生きていけるのだろう。

それぐらいは誰でも分かる。

 

それでも、私はこの状態から逃げるようなその選択だけはしたくない。

いや、出来ない。

私には、一筋の道しか選択できない、武士の心しか持ち合わせていない。

女としての心は、あの日…そう、ずいぶん昔に捨てたはず。

 

。」

「はい。」

「うぬは今宵、わしに抱かれたと言うが良い。公言して構わん。」

 

戦場で見せるような表情のなさで、信長は告げる。

 

「…それはつまり、嘘をつけと。…どなたのためにです?」

「さてな…わしのため、といっておこう。」

「…信長様の…。」

「楽しいものが見られるやもしれん。よいな。」

「……御意に。」

 

軽く頭を下げてから、盃に残った濁酒を飲み干す。

 

 

 

 

濁酒の匂いは、今夜はいやに鼻についた。

 

 

 

 

それはまるで、予感のようなものだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…。」

 

彼女を呼ぶ、小さく呟く声が、いやに響いた。

 

あの初夏の香り立つ庭先で、変わらぬ微笑を交わしたのは、ほんの数ヶ月前。

そして、その関係が崩れたのも、ほんの少し前。

 

「乱世…。」

 

よくもこのような言葉を考えついたものだ。

いつ誰が敵になるか、自分が討ち果たさねばならない敵になるか。

一切分からない、世の中。

 

「ならば、この乱世に…。」

 

溺れてみるのも悪くない。

そう、あのお方の誘いに乗って、乱世に溺れてしまうのも…。

 

 

 

 

 

悪魔の囁き。

それに賭けてみるのも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「光秀殿。さる御方からの書にございます。」

 

「分かった。紅く染まった椿の花、手入れは私にお任せくださいと…申し伝えよ。」

 

 

 

彼女への想いを昇華し切れぬのだから…。

 

それも、きっと悪くはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

随分お待たせしてしまいました(待ってた人いるのか?)剣一人敵です。

光秀殿に不穏な動きが出てきましたね…。いやはや、どうなるやら(オイ)

というか、濃姫を書いてて凄く楽しいンですが(笑)いいですねー。ああいう人

私好きですよ。ナイスバディなのも高得点ですけどね(笑)性格的な問題として。

とりあえず、これもさっさと完結を…(汗)

 

 2005・3・19 月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

 

 

 

 

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