剣一人敵

 ――炬火の消えぬ夜――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉川の北部に布陣するのですね。」

「うん。地理はお互いよく知っているから…お兄様の鉄砲隊がより不利になるように

 布陣するらしいの。」

「成る程…。」

 

お市はの顔を覗き込み、少し眉根を寄せる。

 

、随分浮かない顔ね。」

「いえ、そのような事は…。」

 

慌てて頭を振るが、お市はますます困ったような顔をする。

 

「…やっぱり、光秀様と蘭丸君を敵にするのは辛いのね?」

「…―――はい…。ですが、小谷方とて実の兄君と敵対せねばならないのですから…。」

「でも、これは私が選んだ道だから…。

 は私に仕えてるってだけで、大切な人と敵対しなくちゃならない…。

 お兄様の元に残っていれば、こんな思いはしなくて済んだかもしれないのに。」

「小谷方…。」

 

ひた隠しにしようとしていた思いが、涙となって溢れ出る。

お市はの背中を優しく撫でた。

 

「お市と呼んで?…一時でも、貴女の心を慰める友でありたいの。」

「…ありがとう…お市…。」

 

格子窓から、金色の月が見える。

夏の気配が徐々に近づいている事を教える金の光が、部屋に差し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蘭丸、まだ起きていたのですか。」

「光秀様…。」

 

欄干に凭れる様にして月を見ていた蘭丸の隣に座す。

少々の沈黙の後、蘭丸がゆっくり口を開いた。

 

「信長様のご様子はいかがですか?」

「だいぶ落ち着かれましたよ。先ほど、姫君様と寝所へ向かわれました。」

「…そうですか。」

 

浅井・朝倉の宣戦布告…同盟を破った浅井は、信長を逆上させた。

多くの臣下の前で刀を抜き、大声で喚いた信長はしばらく興奮が収まらなかった。

そこで、臣下の数名を残し、しばらく落ち着かせる事にしたのだった。

 

「ああして、感情を表に出すならばさほど心配せずともよいでしょう。

 ですが…心を押し殺し、ただ静かにいることは、良くないことです。」

 

はっ、と蘭丸が顔を上げる。

その表情を見てから、光秀は何とも複雑そうな微笑を浮かべた。

 

「…人に言えたことではないですが…ね。」

「光秀様…私は、永久にあの日々が続いて行くのだと…安穏とそう思っておりました。」

 

見ている者の憂いなど知らぬ月は、今宵も燦然と金色に輝く。

蘭丸の瞳に、金の光が灯る。

 

「これが、乱世というものなのですね…。」

「その乱世を治めるためにも、私たちは尽力しなくては…。」

「…そうですね。」

 

少しの間を置いた後、光秀は少し口調を和らげ、

 

「そして蘭丸は、大切な者を守るためにも…懸命でなくては。」

「光秀様!?」

 

驚いて顔を上げる蘭丸。

朱の走るその表情に、月明かりも赤みを加える。

 

「忍ぶれど、色に出にけり…と。」

 

瞳を伏せて微笑する光秀に、蘭丸は更に耳までも染める。

しかし光秀はすぐに口調を改め、まっすぐ蘭丸を見る。

 

「敵となるのは辛いでしょうが…これも試練なれば、耐えて見せてくれますね?蘭丸」

「…はっ。」

「信じていますよ。」

「…重きに頂戴します。」

 

 

この日は風が殆ど吹く事はなかった。炬火は、ただ自らの風に揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お市、殿。」

 

長政が二人を呼ぶ。

 

「は〜いっ。」

「はっ。」

 

 

 

「そなた達は右方に展開、石川数正殿、酒井忠次殿の隊を攻め、森蘭丸殿をおびき寄せ、

 その間に信長殿を討っていただく。」

 

淡々と説明する長政を止めたのは、お市だった。

 

「長政様、ちょっと待って!どうしてと蘭丸君を戦わせるの?」

「蘭丸殿と互角に渡り合えるのは殿だ。旧知である故、太刀筋もよく分かろう。」

「だから…!」

 

今だ反論しようとするお市。は2人の間にざっと跪き、

 

「小谷方、…私ごときの為にお心を砕いていただき有り難く存じます。

 長政様は、私ならば蘭丸と懇意にしていることもあり、足止めも出来ようと…。

 そうお考えなのでしょう。」

「…すまぬ、殿。」

 

苦々しい表情を隠そうともせず、長政はそう謝罪する。

一方は顔を上げ、毅然とした表情ではっきりと告げる。

 

「これは戦です。剣の指南ではございませぬ。そして、私とて女ではありますが

 武士にございます。覚悟は、常に。」

「そうか。辛い役目を背負わせるな…。」

「いえ。これも勝利のためなれば。」

 

そう言っては深々と頭を下げた。

長政が本陣の中央に座し、先駆けが鎧を鳴らして行くまで、はその場を動かなかった。

 

 

ただひたすら、震えて動く事が出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

わあっ、という武士達の声が聞こえるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

あ…あれぇ…?まだ相手役に逢ってないぞ…?伸びてるなぁ、また(汗)

どうにも歴史物には拘ってしまってしょうがないですね。これも性分なんでどうしようも

ないんですけどね。こちらは蘭丸サイド。光秀サイドでは少しずつ違ってます。

ここまでの話の筋としては殆ど同じなんですけどね。これから分岐がはっきりしてきます。

つか、ドリでここまで辞書引くのも珍しい(笑)

 2004・4・20 月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

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