剣一人敵

 ―――暗き断崖に 舞い降りる花弁―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違います。そこで、一礼をしてからもとの位置に戻るのです。」

 

ぴしり、と厳しい蘭丸の声が淡々と所作を教えていく。

幼い頃から小姓として躾られた蘭丸は、その動きに無駄がない。

 

 

それは、剣さばきにも現れていて、彼の剣技には無駄というものを探す事は出来ない。

蛙の子は蛙とはまさにこの事であろう。

もっと早くより剣を握らせるべきであったと言われるほどに、その才と精神力、

さらには集中力には目を見張るものがあった。

 

 

 

 

「…よく思い出してください、。貴方が小谷方に仕えていた頃の小姓の所作を。」

 

とても、複雑な心境であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

小姓であった蘭丸はその剣の鮮やかさで、まさしく世に認められる武士となりつつある。

 

 

 

 

 

一方、武士として生き、武士として死のうとしていた私は

刃を折られ、小姓となってしまう。

 

 

 

 

戦場で死する事こそ、武士には至上の最期であるのに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女らしくも無く…集中力が切れているようですね…。少々休憩を取りましょう。」

 

小さく息をついてから、蘭丸はそう言った。

私は苦い顔をして

 

「このような修行は、私の性には合いません。」

 

本心からの言葉であったのに、蘭丸の捉え方は少し違っていたようだ。

蘭丸が、先ほどとはうって変わって優しい空気を纏う。

 

肩を揺らして小さく笑い始めたのだ。

 

「全く、どうしてこうもは変わりないのでしょうか…。

 正直…そんな様子に安堵しましたが。」

 

笑いを我慢する余り、瞳の端に涙まで溜めて私のほうを見やる。

思わずつられて顔が綻んでしまう。

 

「人はそうそう生き方を変えられるものでは御座いませんから。…蘭丸もそうでしょう。」

「…それもそうですね。」

 

 

場が和んだのを見計らったのか、侍女がやってきて茶を置いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…敵軍であった私が言うのも何なのですが…。小谷方はご無事であられたとか。」

「……ええ。」

「恐らく、信長様もご慈悲をもって小谷方をお助けになったんでしょう。」

 

蘭丸が少し安堵したような表情を見せるのとは対称的に、の表情は曇る。

 

「慈悲……なのでしょうか。」

?」

 

 

 

 

私には、慈悲と思えない。……確かに、肉親の情は働いたと思う。

 

 

でも恐らく、それだけではない。

 

 

『神をも恐れぬ』織田信長の狙うところは、何かあるはず。

 

 

 

 

…。」

「蘭丸、ごめんなさい。どうしても私には…。」

 

カタッ、と障子が揺れる。

 

「蘭丸様、様。……文が届いております。」

 

侍女が文を盆の上に置き恭しく持ってくる。

 

「文?」

 

蘭丸が受け取り、宛名をしげしげと眺める。

 

「これは…っ。」

 

 

そこには、我が主君であった、小谷の方の筆が走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

。…長政様は亡くなりました。

 お兄様は私に織田家へ戻ってくるようにとの命令をしました。

 

 それでも、私はまだ、長政様の遺志を継ぎたいと思うの。

 この文はの元につくか分からないけれど、もし読んでいるならば、

 貴女は貴女の思うまま、未来を選び取って。

 

 私も、私の思うまま生きていくわ。

 貴女に剣しかない様に、私には長政様への想いしかないの。

 

 

 そして、蘭丸。

 いつの時でも、立場がどんな状態でも、は貴方を信じていた。

 その期待に、答えてあげて?       市』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お市様……。」

 

思わず…私は涙を流した。

心遣い、あの方の変わらない優しさ。

 

…。」

 

蘭丸に呼ばれ、私は零れそうになっていた涙を何とか堪えた。

 

「私は…今も。…心では、小谷方に忠誠を誓っています…。

 それは…罪となりうるものでしょうか…。」

「…罪には、なりませんよ。人は、心の奥底に秘めた想いなど、裁ける由もない…。」

 

蘭丸の言葉は、どちらかと言うと私に向けられたものではないと思った。

 

その口調からは何も感じ取る事は出来ないのだけれど…。

 

 

 

何気なく尋ねようと思ったその時、再び侍女がやってきた。

ただし、先ほどとは少し違い、高揚したような空気さえ孕んでいた。

 

 

「何があったのですか。」

 

「はっ、はい。蘭丸様、様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 信長公より、今宵…閨へ参るようとの命が下りまして御座います。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び、時の歯車が悲しい音を立てて回り出そうとしていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

…久しぶりにこんな難産でした。やっと産み落とせた(笑)それにしても駄文ですね…。

さてこれから一体どうなる事やら…。と言うか、この話は全体的に信長が悪者チック。

信長さん好きは見ちゃいけない代物ですね。悪の方が好きと言うなら話は別ですが。

講義聴いてたらなんかそれほど改革をした凄い人には思えなくなってきて…(殺)

 

 2004・10・20 月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

 

 

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