混沌を呼ぶ、混沌。

乱世において、信じるべきものは何か。

 

己か…誠か…

 

もっと、別の物なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣一人敵

   ――刹那の光 遠き日の想い――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お綺麗でいらっしゃいますわ、様。」

 

着付けを担当した女房達が、自分たちの成果にほうっと感嘆のため息をつく。

一方、着付けられた本人の表情は、その煌びやかな衣装と対照的に曇っていた。

 

「…このような動きを妨げる着物…私には不似合いです。」

「まぁ…。せっかくの三日の餅を交わし、正式な夫婦となられるお披露目の日ですもの。

 鎧をお履きになるのとはわけが違いますもの、動きやすさは必要ございませんわ。

 今日の日だけはどうぞ、武士としてではなく、一人の女としてお振る舞いくださいませ。」

 

の呟きを聞いた年寄の女房がやんわりと諭すようにに語る。

それでもの表情に笑顔が映る事はない。

 

「…少し良いか。」

「はい。」

「…申し訳ないが、退室願いたい。と二人で話がしたいのだ。」

 

言葉を聞いた若い女房たちは一礼をすると衣を静かに鳴らしながら退室する。

 

「それでは、私も失礼いたします。ただ、何かあると困りますので、小鈴を

 置いていただいてもよろしいでしょうか。」

「……ああ。」

「有り難う御座います。」

 

織田家に仕えている女房の娘で、ゆくゆくは濃姫付の女房になるといわれている小鈴は

年の割りには落ち着いており、利発で愛嬌もある。

 

おそらく、警戒心を抱かせないよう。しかしながら、きちんと目付けができるよう

小鈴を置いておいたのだろう。そんな思惑には嘆息を漏らす。

 

 

 

様。」

「…。」

 

声をかけたに、怒っているような、泣いているような、嘆いているような…。

 

複雑な表情を向けるとは立ち上がり、帳台に置いた刀を手に取る。

 

「…!」

「小鈴、動くな!」

 

小鈴が軽く腰を浮かせるが、はそれを一声で制止する。

 

「私は死んで逃げようなどとは思わない。ましてここにいるものを殺めるなど、

 武士としての誇りを更に汚す。…逃げも隠れもせぬ。

 私の屍は安寧の地などではなく、ただ主君の為、臣下の為…戦場に埋める。」

 

すらりと鞘から刀を抜き、その衰えなく光る刃に自らの姿を映す。

白粉を塗り、紅を挿した慣れぬ自分の化粧顔は、まるで普段とは別人に思えた。

 

「女であることを捨て、家の為…武士として生きる事が苦痛であると思ったことは

 一度たりとてないが…何故、今更『女』であることが私を苦しめるのか…。」

「…様…。」

 

の呟きの正しい意図を理解できたものは、ここにはより他いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「阿蘭。」

「…はい、信長様。」

 

蘭丸は瞳を閉じ、おとなしく平伏する。

慣れたその仕草が、今は違和感を感じてどうしようもない。

 

「…ほう…。なかなか様になっておるな。」

「有り難う御座います。」

 

正装に身を包んだ蘭丸は、緊張の表情もあっていつもより大人びている。

 

「…どうだ、気分は。」

「…緊張しております。」

「そういうことではない。」

 

相手の目の前に腰を下ろすと、信長はにやりと笑って扇を懐から出し広げると口元に当て

少し声を潜める。

 

「心憎く思っておった相手ではあるまい?…幼き頃より、親しい間柄…。

 と夫婦になることを考えたこともあるのではないか?」

「そう思っておられるのですか?信長様。」

 

蘭丸は一瞬の動揺を見せた後、すぐに表情を元に戻し冷静に淡々と答え始める。

 

「…もしも仮に、私がそういう感情を持っていたとしても、彼女はそれを望みません。

 そして私も…彼女が武士として生きるその誠に、共感しているに過ぎません。」

「…なるほど、そう申すか…。まあよい。」

 

パチンと扇を鳴らしてたたむと、すっくと立ち上がって身を翻し、

蘭丸を見ないままに何事かを呟いて信長は退室していった。

 

「……まさか、そんなわけは…。」

 

蘭丸はわずかに聞き取れた信長の発言に、末恐ろしい結末を思い描いているのを感じ

ぞくりと背中に悪寒が走るのを抑えることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「森蘭丸殿、殿が参られました。」

 

神主の誘導でゆっくり神前へと連れて行かれる。

 

の心は無論、ここにはない状態であった。

 

 

 

家の事。

家来の事。

主の事。

自分の事。

 

 

 

考えることは多かったが、考えても如何ともし難いものばかりだ。

 

(信長の意図は私の反逆の意志を鈍らせるところにある…。

 何故、殺さないのかが良く分からない…まだ、『駒』の機能があるというの?)

 

黙っていれば、婚礼の儀は淡々と進んでいく。

 

目の前の朱塗りの杯に、清酒が注がれていく。

 

滅多に口にすることの出来ない、澄み切った上等の酒だ。

その美酒が、たまらなく不味く感じる。

 

飲み干してなお、喉に絡みつくような…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、駒は揃った…。」

「…あら、貴方…随分と楽しそうね。」

 

ひらりと袖を翻しながら、夫の身体に甘えるようしなだれかかる。

 

「無論だ…これほどの状況がうまく揃っておるのだ…。」

「ふふふ…。本当に酷い人…。」

「うぬは…そのようなわしが好きなのだろう?」

 

夫は妻の腰を抱くと、情熱的にその唇を奪う。

 

 

順調に恐ろしい計略が、その夫の手の内で進んでいた。

 

 

 

 

 

 

織田信長…第六天魔王と自ら冠した武士は、大いなる混沌への企みを持っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

やっと書き上げましたよ…(汗)時間かかりすぎましたが…剣一人敵、蘭丸編です。

ついに結婚してしまいましたよ…!?はわあわ…羨ましい(マテ)

信長さんの野望にもうそろそろ気づいていただきたいものなんですが、

多分お蘭ちゃんは気づいてる…はず。もうすぐ完結なんで(多分…ね)頑張ります…!

 

 2006・6・5 月堂 亜泉 捧

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