剣一人敵

   ―――木霊する叫びに 乱るる想い―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡殿を、久しぶりに現れた夏の陽が濡らして行く。

 

庭に植えられた樹木の肉厚な葉が、陽の雫を受けて翡翠色を秘める。

鹿威しの音が響き、静寂の余白を埋める。

 

 

 

と、女房がさざめいているのを感じ、来訪者を察知する。

久しく聞いていない、小走りのような足音。

 

 

「光秀様、様がお見えです。」

「ああ、分かっています。衝立をこれへ。」

「はい。」

 

 

衝立を用意したとほぼ同時に、懐かしい香りが漂う。

 

昔から彼女が忍ばせている匂い袋。

 

荷葉の薫物を得意とした彼女は、夏になると必ず私の所にも匂い袋を届けてくれた。

 

「お久しゅうございます、光秀殿。」

 

衝立越しに挨拶が聞こえると、思わず顔が綻んでいるのが分かる。

 

 

約一月、は信長の側室として過ごしていた。

しかしながら、信長はただ愛でる為の妻としてではなく、戦や政治、財政にまで

関わらせ、は多忙な日々を送ることとなった。

 

「本当に、久しいですね。身体は変わりないですか?」

「はい、お気遣いありがとうございます。身体だけは丈夫に出来ておりますゆえ、

 風病みなどもなく…。ただ…。」

「ただ?」

「食事が今までよりも豪勢であるためか、少々肥えてしまったかと。」

 

 

の言葉に、くすくすと笑い声がして場が和む。

 

がこういった場を和ませる冗談の会話を、自然にして見せるのは昔からだった。

信長公の少々強引な政治手腕によって諸大名との折り合いが悪くなった際、

彼女のこんな性格が上手く作用し、何とか丸く治められている。

 

「では、そろそろ本題をお話しましょう。」

 

衝立越しでも、の声が真剣みを帯びたのが分かる。

僅かに居ずまいを正し、相手の言葉を待つ。

 

「秀吉殿が、毛利氏らと合戦を始めたのはお聞き及びでいらっしゃいますでしょうか。」

「ええ。戦況は今のところ5分であるとか。」

「今のところは、ですが。両軍共に、軍勢の半数程度しか出陣させてはいません。

 そして、信長様はそれを早々に鎮圧せよとのお考えです。」

 

そこまで言い終わると、は光秀に書状を差し出す。

 

「明智惟任日向守光秀殿。この任、受けていただけますね?」

 

戦への出陣命令。

 

の聞き方は依頼ではあるが、信長は「命」として出している。

家臣である自分に、断れる由はない。

 

 

「…御意。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。やはり、信長は加勢の軍を配置したか。」

「はい。」

「そこを狙ってあの男が動かぬわけがないだろうな。諸大名が信長の元を離れ、

 残るは精鋭とはいえそう人数がいるわけではなかろう。」

「注意すべきは森蘭丸のいる軍勢、それから…。」

、か…なかなか厄介な者を側室にしたものよ。」

 

男は濁酒を煽り、下卑た笑みを浮かべた。

 

「だが、同時に信長にとってもは厄介な因子であるには間違いない。

 明智殿の刃は、の処遇如何で向ける方向が違うのだからな。」

 

羽虫が燭台の周りを飛び回り、炎が揺らめく。

揺らめいた炎に舐められ、羽虫はその羽を焼かれ、床に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が書状を手に、信長の前に跪く。

 

「信長様、本能寺より使者が届きました。」

「ほう、なかなか返事が早いのう。」

「そうですね。信長様の宿として、喜んでお使いくださいませ、との事です。」

 

は言った後にその表情を曇らせ、少し顰めた声で進言する。

 

「信長様。なぜ光秀様を信長様の護衛に就かせなかったのですか。」

「なぜ…と申すか。」

 

赤みを帯びてきた月が、部屋に灯りを運んでくる。

その光がまるで、信長の狂気を示しているかのように顔を照らす。

 

「光秀と常に共におらねばならぬ理由こそ、うぬに訊いてみたいものだ。」

「ですが、今までは光秀様に必ず殿を務めさせていらっしゃったではないですか。

 それなのに…。」

 

の話を遮るよう、信長は立ちあがって刀を抜いた。

信長の愛刀は妖刀と呼ばれるに相応しく、光を浴びると何故か紫に光る。

その光景が恐ろしく、は息を飲んだ。

 

「っ…。」

「あやつは身に余る野望を持ちながら、わしの元についていた。

 それは、今までは不服とはいえ耐えられていたのだろう。

 今回ばかりは、あやつの堪忍袋の緒も限界を迎えそうだから、殿を外したのだ。」

「今回…は?」

 

は信長の言いたい事は未だに理解できていない。

だが、その口調に恐ろしさを感じ、何も言う事が出来なかった。

 

家の再興のため、剣を振るってきた自分。

このまま信長に取り入れば再興もそう遠くはないと、耐えて来た。

お市への忠誠を忘れず、微かな昔の願いも心の奥にそっとしまって。

 

しかし、本当にそれは正しい選択だったのだろうか。

 

 

「此度は、わしの守りを阿蘭とうぬに任せる。良いな。」

「…御意。」

 

 

 

間違っていたとしても、もう、後戻りは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

み、光秀出て来なさすぎー(汗)本当はもう少し光秀の出番が増える予定だったのに…

あれ〜?(苦笑)一応、次回信長が本能寺に行くようです。じゃ後2話ぐらいなのかなぁ。

…作者だと言うのに先が見とおせてません(ダメダメ)が、頑張ります…(汗)

あ、補足として…謎の男は次回かそれぐらいに正体を明かす予定(逃)

 

 2006・12・19 月堂 亜泉 捧

 

 

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