貴女は欲した。

その扉を開ける事を。

 

 

 

いざ開かれん、物語の扉。

 

 

 

 

深い愛を戴く、哀の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンダー・ザ・スカイ

    浅葱色の扉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青く濁った雲が、黒く透き通った雲から逃げていった。

 

 

「…この空模様、すぐに雨が来てもおかしくないわね。遠くに雷も聞こえるし…。

 どこか落ち着ける場所に移動しましょう。」

 

目を細めて空を見上げた彼女は、ふっと切なそうな色を見せた。

 

?」

「うん?どうかした?」

「……いや、何でもない。」

「ふふっ、どうしちゃったのかしら、ジョウイったら。

 さ、早く行きましょう?」

 

と知り合ったのは最近の事だ。

リオウが捕虜として(でも、ほとんど捕虜といっても下働きのようなものだったらしいが)

都市同盟の傭兵隊に捕まった時、丁度その砦に滞在していたのがだった。

 

数年前のトラン解放戦争の時、ビクトールさんやフリックさんと共に戦ったうちの

一人だという。

まだ若く、僕より少し上か同じ位の年恰好で、喋り方はどこか大人びている。

 

 

 

 

そう、底の見えない影を背負ったような…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツにゃ、色々と背負ってるもんがあんのよ。」

 

いつだったか、酒を美味そうに飲みながらビクトールさんはいたって軽い口調で

そんなふうに話しはじめた。

 

「俺も3年ちょい前から色々とあいつとは付き合いがあるから、知ってる事もお前より

 多いが、コレばっかりはあいつの口から全部聞いたほうがいいだろうな。」

「…そう、なんですか。」

「言っとくけどな…俺らも、アイツが一体どこからきたか、なんて知らねーし、

 こんな生業をしてると、色んな事情の奴なんてゴマンと知り合う。いちいち

 気にすっと疲れるだけだ。」

「でも…。」

「ジョウイ。お前は賢い分、力を抜くっつー事が難しいみたいだな。

 とりあえず、俺がと一緒に戦っての感想はな。

 バカみてーに真っ直ぐで、人の事しか考えない最高のアホだな。」

「え…。」

「出身がどこだなんて背中に張りついてるわけでもないし、あいつはあいつである事に

 変わりはない。ジョウイが、自分の中でを認識すんのに、

 不必要な過去を掘り下げんのか?」

 

一気にジョッキの酒を飲み干し、ビクトールさんは表情をにや付いたものにして

僕に近づく。

 

「まー、に惚れてんのは分かってるって。どっか影のある女っつーのは

 魅力だよなぁ、少年。」

「かっ、からかわないで下さい、ビクトールさんっ。」

「くくくっ、いやー、若いな、少年。

 も意外にその純朴さにコロッと…とか?」

 

完全に酔っ払っているな…この人は。

 

その場は何とかやり過ごしたものの、僕の疑問は更に膨らむばかりだった。

 

 

 

 

 

 

確かに…彼女に惹かれていたのかもしれない。

 

だから、こんなにも色々な事が気になってしまうんだろう。

彼女の穏やかな微笑みは安心すると共に、どこか遠い世界の人なのでは…

 

そんな風に思わせる、哀しい影を持っている。

 

 

「ジョウイ?」

「え?ああ、なんだい、。」

「ほら、珈琲。さっきから呼びかけてるのに全然反応がないから。」

「ごめん、ちょっと考え事をしていて。ありがとう。」

 

彼女から珈琲のカップを受け取り、吹き冷ましてからゆっくり啜る。

優しいブラウンの色をしたそれは、丁度いい甘さだった。

 

「この時期、こんなに雨が降るのは珍しいわね。」

 

宿屋の窓から外の様子を窺う

薄暗く、人の往来もなくなった大通りに面する窓は、雨の絵の額縁になっている。

 

「…ハイランドも、雨かな?」

「かも知れないわね。行きがけには…降っていなかったみたいだけれど。」

 

の言葉が、少しだけ重く沈んだ。

彼女は今本来、ハイランドに捕虜として捕まっている身だ。

 

ササライという名の、ハルモニアからやってきた神官によって、

先の戦いにて捕まった。

 

僕が視察の為にミューズ近郊に赴くのに彼女を連れて来られたのには訳があった。

 

 

 

 

 

 

 

「ジョウイ殿。お願いがございます。」

「…何だ?」

「私が思うに、あの捕虜の娘…、と言いましたか。彼女は何か特異な力を

 持っております。」

 

ササライは持って回った言い方をしながら、僕に耳打ちをし始める。

 

「しかしながら、彼女はどうも芯のある女性。心を許さぬものには何も打ち明けは

 しないでしょう。ですから…以前交流があったジョウイ殿なら…。」

「秘密を話してくれると?」

「はい。」

 

 

 

 

そうして、僕はと、少数の兵を連れて視察に回る事になった。

 

 

は「なぜ」、「どうして」という言葉は発しなかった。

ただ、

 

「やっと外に出られるのね。」

 

そう、晴れやかな表情で言っただけだった。

まるで鑑賞用にされていた鳥が、籠の中から出で飛びまわるかのように生き生きしていた。

 

その表情に罪悪感を覚えるのを仕舞い込み、僕は珈琲をまた一口飲んだ。

 

甘いミルクや砂糖が、苦味を包み込む…琥珀色の暖かな飲み物。

 

「珈琲、苦手だったかしら?」

「え?」

「だって、随分神妙な顔をして飲んでいるから。」

「そんなことないよ。」

 

僕がぐいっと飲み干すと、は楽しそうにクスクスと笑う。

 

 

 

 

…これが、このまま続けばいい。

 

 

 

 

そう思うくらい、平和な一瞬が訪れる。

 

 

「ねぇ、ジョウイ…あなたに、聞いて欲しい事があるの。」

「…何だい?」

「とっても大事な事…なのだけれど。」

 

珍しくにしては歯切れの悪い口調。

僕は黙って微笑み、先を促す。

 

「…私はね。あなたに同情していたの。ごめんなさい。」

「同情?」

「ええ。…あなたを知ったのはつい最近の事でしょう?だから、私が知っている事は

 ジョウイの生涯の半分にも満たないとは思っているの。

 でも、私が今まで見てきたあなたは、可哀想…って思ってしまったの。」

 

可哀想…その言葉が正しいのかどうかは分からないけれど、

僕も、それほど平坦に生きてきたとは思っていない。

 

幸せだった時間は、リオウとナナミ、二人と共に居た時間だけかもしれない。

 

 

「でも、そんな同情は偽善よね。だから、ずっと謝りたいと思っていたの。

 捕虜となった時、不思議に嬉しかったわ。もしかしたら、生きてあなたにまた

 会えるかもしれないって。そうしたら、そんな事を思ってしまった事実を

 打ち明けて、謝ろうって。」

 

微笑みながら話す彼女。

捕虜になってそんな事を考えるなんて…普通は自分の命を危ぶむものなのに。

 

「…どうして、その同情がいけないと思ったんだい?

 普通の人なら、これ見よがしに同情して…偽善だと知りながら重ねるものなのに。」

「…そうね…。その同情は、昔にも向けた人がいるから…かしら。

 そして、その人にとってその同情は、嫌悪でしかなかったから。」

 

その、昔に同情が向けられた人は…恋人だったんだろうか。

少なくとも、ごく親しかった人なんだろう。

 

そう思うと、胸の奥がチリッと焦げた。

 

「まだ、言いたい事はたくさんあるんだけど…。勿体無いから教えて上げられないわね。」

「勿体無い…って、言いかけたのなら教えてくれればいいのに。」

「ふふふ、もっとジョウイが成長したら教えてあげるわ。」

「…僕が子供だとでも言いたげだね。」

 

次第にそんな軽口の言い合いになって、彼女が垣間見せた「彼女」はまた

上手く隠されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

無粋な来訪者が、やってくるまでの一時。

 

 

雨はまだ、空を切ない色に染めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

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後足掻き

アンダー・ザ・スカイ第1弾、ジョウイが1話出来あがりました。

1話読みきりではないようですね(爆)今回ヒロインはハイランドの捕虜です。

ジョウイは既にハイランド側に行って、実権を握っている頃の話になります。

割合ストーリーを無視していく感じですね。珍しく(笑)ヒロインが大人っぽいので、

惹かれるジョウイが少年らしく初々しさが出てるかと(?)

 

 2005・12・12 月堂 亜泉 捧

 

 

 

 

 

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