今、幕が上がる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼也の驚きの過去を知って三日経った。

あの日帰ってから即姉さんの元に行った。

 

姉さんはいつも通りお気に入りのクッションの上に座り、

俺の質問を聞くときょとん、といったような表情を浮かべた。

 

『あら、隆介に言ってなかったかしら?』

『ぜんっぜん聞いてねーっての!』

『あらぁ。てっきり言ったものかと。』

『蒼也もそう言ってた。』

『あら。じゃあお互いが言ったと勘違いしていたのかしら。

 でもホントよ。蒼也さんは演劇部の副部長で、凄く上手でかっこよかったんだから。』

『いや、惚気はいらん。』

 

 

で、勿論事実なわけだが。

 

 

いや、そんな事はあの演技を見れば誰だって分かる。

顧問の勢田先生が前に言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いい役者は第一声だけで観客を惹きつける。」

 

 

 

 

 

それを実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隆介ちゃ〜ん、唐揚げ食べちゃうよ?」

 

小原が俺の弁当に入っている唐揚げを、今にも箸に突き刺そうとしているのを見て、

ぴしゃっと手の甲を叩く。

 

「自分の食え、自分の。」

「だってぇ、隆介の弁当美味いんだもん。」

 

口を尖らせて抗議するが全く可愛くない。

むしろキモイ。

 

まぁ小原が美味いと言うのも当然だとは思う。

俺は毎日持っていく弁当のおかずは夜仕込んで、朝調理している。

冷凍食品チンして入れて終わり、なんて手抜きはしない。

 

別にそれが悪いとは言わないが、俺のポリシーは手づくりだ。

基本的に料理が嫌いではないので、趣味と実益を兼ねていると言ってもいい。

 

「隆介は浅野さんにも弁当作るのか?」

 

小原は食べていたファーストフードのハンバーガーの間から、

嫌いなピクルスを器用に抜き取り、羽山の口に突っ込みながら言う。

 

「いんや。昼は外で食ってる。前に一度冷やかされて嫌がったから。」

「うーん、確かに…盛り付け綺麗だし美味いし。持ってったら愛妻弁当っぽいもんなぁ。」

 

カップラーメンを食っていたにも関わらず、小原にピクルスを投入されて

不味い顔をしていた羽山が、茶で無理矢理嚥下してからさらりと

 

「俺だったら普通に嬉しいけどな。」

「え、隆ちゃんの愛妻弁当が!?」

「愛妻言うな。キモイ。」

「弁当と言うか、手作りの食事がって事だけど。俺の家共働きだから。

 帰宅時間バラバラのお陰で今まで母親の弁当を食べたことがない。

 普通に飯作るのも1年かに数回のペースだな」

「そーいやヒロん家の親、医者と看護士だもんなぁ。

 夜勤やら休日出勤やら宿直やらあるんだろ〜?」

 

可哀相に、と泣き真似しながら小原が羽山と肩を組みぽむぽむ叩く。

と、何かをひらめいた小原が

 

「よし、じゃあ明日隆介ん家で隆介シェフの晩餐会やろうぜー?」

「はぁっ!?」

 

ちょっと待て。

 

そういうのは普通ホスト側の俺が決めるもんじゃないのか!?

 

 

しかも明日!?

 

 

 

めちゃくちゃ急だし!

 

 

 

 

「あ、買い出しとかあればパシられるから言ってよ。金はヒロ持ちで。」

「だから、勝手に決めるなっつーの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、俺は構わんけど。」

 

結局小原の強引さに根負けした形で了承したんだが。

明日は土曜で、蒼也が休みを取っている日だ。

同居している以上断りはいれておかないとならない。

 

「しかし、ヤローが3人で食事会かよ。色気ねぇ〜。」

「うっせー、ほっとけ。」

 

俺だって好きでやるわけじゃねぇっての。

 

蒼也は慣れた仕種で煙草に火を付け煙を吐く。

 

「あの部長さんは来ないのか?」

「へ?…美乃里の事?」

 

またも意外な。

 

蒼也は姉さん以外の女の人は興味ないらしく、あまり特定の人物の話はしない。

愚痴をこぼすことはたまにするけど。

 

「なぁ、何で蒼也は演劇部に入ったんだ?」

 

少し聞いてみたかった。

 

なんか演劇部って言うと結構特殊な部活ってイメージがあるもんだから。

舞台が好きだとか、俳優を目指してるとかそういう夢を持った奴が

ちゃんと(って言うのもオカシイかもしれないが)活動してるから。

 

文化部に振り分けられているけど、意外に体力勝負のところもある。

発声は走り込みや腹筋が必要だし、役者は姿勢がよいのが理想だ。

裏方も機敏な動きがいる。重い大道具を運んだりする時もある。

 

だから、生半可に帰宅部感覚では入れない部活ではある。

 

確かに蒼也は背も高いし姿勢も言い。目鼻立ちもはっきりしている。

舞台栄えする顔っちゃそうなんだが。

 

 

「ま、お前と似たようなもんだな。」

「俺?」

 

思わず思いきり自分を指差し声をひっくり返して訊いてしまった。

いつもなら馬鹿にするような笑いをするのに、それがなかった。

 

「俺の悪友が演劇好きでな。男が少ないから入れって言われて。

 別に部活に入る気はなかったんだが、半ばありゃ脅しだよな。

 で、入ってみたら最悪だったぜ。」

 

灰皿にタバコを押しつけるようにして消し、ソファの背凭れにゆっくり寄りかかりながら

 

「男が少ないどころの話じゃなく、部員自体が少ねぇの。

 正規部員が俺の悪友とそいつのダチ、女子2人。俺が後から入ってきて5人じゃ

 主役に相手役、脇役、音響、照明で終了って訳だ。実際それじゃ回んなくてな。

 お互い友人に声掛けて、他の部活のやつらに裏方を頼んでた始末なんだよ。

 寄せ集めでよくあんだけやろうって思ったね。悪友がバカなんだから仕方ねぇけどな。」

 

やれやれ、といったような呆れた口ぶりで言っているけれど。

その瞳は輝きを帯びていて、充実していた部活内容なんだと思わせる。

 

「けどな。コンクールで賞を取った時の快感っつったら…たまんねーな、あれは。

 アイツはぼろっぼろに泣いてたしな。まぁそんだけ情熱傾けて、夢中になって。

 うまく行かなきゃ誰より練習して必死にもがいて。

 俺なんかにゃ一生理解出来ねーアツいヤツだったわけよ。」

 

ジッポライターの蓋を開け閉めする独特の金属音。

蒼也が何かを思い出す時の癖なんだと、いつだったか姉さんから聞いた事がある。

 

俺はあんまりこの音が好きじゃない。

そもそも、金属の鳴る音は楽器以外耳障りに聞こえてしまう俺だ。

 

けど、俺は今その様子を見ながら、不思議な一体感を覚えていた。

 

 

俺だって、美乃里に無理やり脅されて入部して。

毎回部活ごとに美乃里にどやされて、もう最悪だって思っていながら…

 

でも結局退部届を出さないのは、去年のコンクールがあったから。

 

気が強くて男勝りな美乃里。長年の付き合いだった俺も初めて見た美乃里の嬉し涙。

 

 

 

 

 

 

 

 

それよりも何よりも、舞台に上がった時。

 

 

 

 

 

 

 

 

吐き気すら込み上げる緊張が襲う舞台裏から、目映い照明の中に足を踏み入れた時。

 

 

その緊張が、一気に膨張して身体中を駆け巡った。

 

 

 

 

 

それは嫌なものじゃなくて。

 

 

むしろ気持ちがいいものだった。

 

 

 

「…蒼也…。」

「…俺はお前に、昔の自分を見ていたのかもしれないな。

 この間、お前の学校に行ってみて、お前の姿を見て、実感した。

 だから、多分ほっておけなかったんだな。…知菜を失ったお前を。」

 

姉さんを失ったのは、蒼也だって同じだ。

俺は確かに姉さんと会話できる。でもそれは『普通』じゃないことで。

 

本当なら、姉さんはちゃんと天国に逝かなければならない人なのに。

 

今までは、それを考えないようにしてた。

俺は蒼也を完全に信用していたわけではないんだ、多分。

まだ「義兄」でもなかった、微妙な位置の蒼也を。

 

姉さんはそれを心配していて、ここに残っていたのかもしれない。

蒼也と共に居たいからではなく、蒼也がいてくれる事に警戒している俺の為に。

蒼也が俺を見てくれるのは、同情もあるかもしれない。

 

だけど、自分と重ねて…放っておけない同情は、優しさなんじゃないだろうか。

「家族」になろうとした相手…俺に向ける、蒼也なりの…。

 

 

「なぁ、蒼也。も一個だけ訊いていいか…?」

「…んだよ。こうなったら何でも答えてやるよ。」

 

俺は、何故だか目頭が熱かった。

 

言葉を発そうとすると震えてしまうのを堪えて、喉が締めつけられ痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺を……大事に思ってくれた事はあるか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼也は結局、何も答えてはくれなかった。

 

パチン、とまた硬質な音を立ててジッポライターの蓋を閉めると、そのライターを

俺の頭の上に置いて、自分の部屋へと戻ってしまった。

 

返さなくちゃと思って、階段を上がって蒼也の部屋の目の前まで来ておいて、

俺はくるりと方向転換してした。

 

何も言わなかった代わり。

 

そんな気がしたからかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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後足掻き

第2話…予定より進んでいない…!多分演劇を蒼也に語らせてしまったからですね。

殆ど実体験に似た話なので思い入れが強過ぎたんですね。(笑)

しーかしBLっぽさがないなぁ…次こそっ!(笑)いちゃいちゃーの書きたいなぁ。

羽山と小原ももう少し活躍させたかったのに…。リベンジーリベンジー(笑)

 

 2007・5・13  結城 麻紀 捧

 

 

 

 

 

 

 

 

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