「ありがとうございました。」

 

修行が終わり、彼の凛々しい声が礼を述べる。

 

「はい。神棚に一礼ニ拍手。」

 

柔らかな師の声はそう言うと、手を打ち鳴らす。

それは私が、お茶を出すのに丁度いい合図にもなっている。

 

「宗高様、お茶をご用意しましたよっ。」

「ああ、いつもありがとう。さあ、譲殿もお座りなさい。」

「はい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

其人弓取りなりけり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の名は、有川 譲殿。

数週間前から、師匠の元に出入りし弓を習っている。

 

しかし、彼はこの京で生まれたわけでも、別の国で生まれたわけでもない。

 

この京の、ひいては京を守護している応龍の危機により、

別の時空から使わされた人なのだそうだ。

応龍の陽気を司る白龍の神子様を守るべく選ばれた八葉の一人。

 

「譲殿の成長は実に目覚しいね、私も教え甲斐があるよ。」

「ありがとうございます。もっと強くなって先輩を守れるくらいにならないと…。」

「目的があるのは人を伸ばすというからね。」

 

八葉は元来神子を守るために存在しているのだけれど。

でも、譲殿はきっと、その思いだけではないと思う。

 

言葉の端々に、本当に神子様を慕う…恋心が覗く。

 

「…?」

「あっ、はっ、はいいっ!」

「目を開けたまま眠ってしまっていたのかな?」

 

少しからかうような宗高様。くすりと笑う譲殿。

何だか恥ずかしくなってしまう。

 

「ね、寝てはいませんよっ。ただ少し考え事をしていただけで…。」

「それならば兄に相談をしてくれればいいものを。それとも恋煩いかな。」

「宗高様!」

 

宗高様…弓の名手、那須与一は私の腹違いの兄だ。

もっとも、私の母の身分は低く、公然と兄だといえる立場ではないのに、

宗高様は心優しく、私を妹と言って憚らない。

 

昔、まだそのような分別もない頃私はこんな事を言っていた。

 

『私は将来、兄様に嫁ぐの。』

、それは無理だよ。我々は兄妹だからね。』

『なら、兄様のように弓の上手い殿方じゃないと嫌だわ。』

 

 

無邪気な、本当の恋を知らなかった頃の話だ。

 

「女性の心というのはわからないものだね。譲殿は分かるかい?」

「俺にも分かりませんよ。俺だって男ですから。」

「私にだって男心はよく分かりません。」

 

本当に、わかったら良いのに。

譲殿はきっと、神子様を恋い慕っている。

一度だけちらりとお見掛けした事がある神子様。

 

その纏う気は美しく光を放つようだった。可憐で、素敵な微笑みをなさる方だった。

でも、源氏の軍で勇猛果敢に刀を振るい、怨霊を封印するという。

 

そんな方に、敵うはずがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日…譲殿は来られないのでしょうか。」

 

ぽつりと何気なく漏らしてしまった言葉を聞き、宗高様は小さく微笑みながら、

 

「譲殿に逢いたいのですか?」

「えっ、あっ!宗高様っ。」

「ふふ、最近意気消沈していたと思ったら、そういう事でしたか。」

 

からかうような口調なのに、宗高様の表情はどこかお優しくて、

私の頭を軽く撫でてくださった。

 

「ちょうど文を送ろうと思っていたところです。譲殿のところまで文使いをしてくれると

 ありがたいのですが。…行ってくれますか?」

 

文箱を差し出され、私はこくりと頷く。

どんな理由でも構わなかった。

譲殿の御姿を見られるだけで、幸せだと思ったから。

 

本来は、逢う事が出来るはずのない方。別の世界からやってきた人。

 

いつかは、譲殿もご自分の世界に帰られる日が来る。

成就しない恋だとわかっても尚、恋い慕う気持ちを留める事は出来ない。

 

 

 

 

「…ねぇ…どうしたの?」

 

不意に声をかけられる。

気付くと、私は譲殿が居候しているという方のお屋敷の前まで来ていた。

私に声をかけた女性。

可憐な御姿に、高貴な『気』。神子様なのだと、一目で分かった。

 

「もしや、白龍の神子様でいらっしゃいますか?」

「え?あ、うん…一応そうだけど。」

「申し遅れました。那須与一宗高様の使いで参りました者にございます。

 有川譲殿に文をお渡ししたいのですが…。」

「え、那須与一さんが譲くんに?丁度今出かけちゃったところなんだけど…。」

 

神子様は少し考え込むような仕草をしてから、にこりと微笑む。

 

「じゃあ、探しに行ってあげようか?」

「そ、そんなご足労を神子様にかけては叱られます!譲殿も、神子様がそのように

 無防備にお出かけになられては心配なさりますから。」

「そんな、大げさだよ〜。ね?」

 

朗らかで優しくお美しい。

譲殿が恋心を抱かれるのも、無理はないお相手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、、遅かったのだね。」

「…ええ、譲殿は留守だったので…神子様が御渡し下さるとの事で…。」

 

次の言葉が、出てこなかった。

零れたのは、涙だった。

 

「…、どうしたの?」

「ごめんなさ……宗高様…。」

「こんな時ぐらいは…兄に、甘えてくれないかい?」

 

包まれる腕は暖かくて、私は崩れ落ちる。

 

「お兄様…っ…私は…私は譲殿を、慕っていました…。

 でも、譲殿には別の恋い慕う御方がいらして…とても素敵な方でした。

 …叶わぬ、抱いてはならぬ想いなのに…私は譲殿を好きになってしまったのですっ…。」

 

がたんっ!と、突然大きな音がする。

その音に私は驚いて、思わず涙も少し止む。

 

「…まだ種明かしはしない予定だったのですよ、譲殿。

 そこで息を潜めていてくださいとお願いしたのに…。」

「お兄様……?」

 

困ったように微笑みながら言う兄を見上げると、兄は私に笑みを向け後ろを指差した。

 

弓が倒れているその陰に立っているのは、他でもない譲殿だった。

 

「ゆっ、譲殿ッ…あ、そのっ……お兄様っ、どういうことですか!?」

 

私の頭の中は混乱していて、二人の顔を交互に見るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つまり…の想い人の予測が出来たから…謀ってしまったんだよ。

 に文使いをさせている間に譲殿を呼び寄せ、戻ってきたところで驚かそうと。

 でもまさか、が告白するとは思いもよらなくてね。』

 

私は恥ずかしいやら、情けないやら…穴があったら入りたい心境だった。

 

「ゆ、譲殿…。」

「は…はい。」

 

とてもぎこちない空気の中、私から口を開く。

 

「先ほどの言葉は、お忘れ下さい…。」

「えっ?」

「譲殿の御立場も考えず、自分勝手な想いだと分かっております。

 ですから、どうぞお忘れ下さい。ご迷惑おかけし申し訳ございませんでした。」

 

私は譲殿の顔を直視できずに、その場に平伏するように頭を下げる。

 

さん…そんな、謝らないで下さい。

 それに、その…迷惑なんかじゃないですから。」

 

少し戸惑った、でも優しい譲殿の声がかかる。

 

「…譲殿。」

 

顔を上げると、すこしだけ、譲殿の頬も染まっていた。

 

「その、俺は…確かに先輩が好きだったんです。でも、憧れに近いものもあって。」

 

そっと、譲殿の手が、私の手に触れる。

肉刺のある、ほっそりとした外見とは違った手に、とくんと鼓動が跳ねる。

 

「俺は、さんも守りたいから、戦ってるんです。

 だから、強くなって…かならず、貴方の住む京を、平和にしたい。

 …さん。」

 

 

そっと、耳元で囁かれた言葉に、私はまた胸を高鳴らせてしまう。

 

 

ああ、やはり何と素敵な殿方なのだろう。

 

弓の名手で、お優しくて、強くて。

 

いつか帰るとしても、この恋い慕う気持ちを留める事は出来ない。

 

 

 

 

 

『これからも、弓の修行だけでなく、さんに逢いに来てもいいですか?』

 

 

 

 

 

譲殿。

 

 

 

いつでも、いつまででも、貴方様をお待ちしています。

 

この、初めて味わう甘い苦しみと共に、ずっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

========================================

後足掻き

無理やり詰め込み感たっぷり。そして出張りたがる那須与一(笑)遙か本編では顔見せ

程度だったので、いっそ出張らせたら、出張らせ過ぎた(項垂れ)宗高の名はその後

また改名されるらしいのですが、日本史辞典の記述を参考にさせていただきました。

その辺りの言い訳は本日ブログにでも…。つか、譲は神子への愛が大き過ぎて、

神子以外のヒロインはキツイな(今更/笑)今度は神子で書きます。懲りました。

 

 2007・6.10 月堂 亜泉 捧

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送